cyciatrist 自転車と精神科医療とあとなんか

ボストン留学帰りの精神科医。自転車好き。

大坂なおみ全米オープン優勝

大坂なおみってほんとかっこいいよね。すごいファン。

なんというか、両価的なものをたくさん合わせ持っていて、それでそれをスポーツでの強さで解決してしまうというか、、、

強さと弱さ

不安定さと落ち着き

純粋さと混沌

悩みと思い切り

怒りと許し

こういったものが彼女の中に同居していて今にもバランスを崩して倒れそうなのに、最後に大きな大会で勝って解決して高みに登ってしまう。今回もそうで改めてすごいなと思ってしまった。

 

大坂なおみの話し方

彼女は在米歴も長くなって、ほとんど向こうでの生活で文化的にもアメリカに染まってしまいそうで、来歴や見た目も、言えば日本人的ではない。なのに、話し方はすごく日本人女性的なことに驚く。アメリカ留学中に見た、「日本にきた白人アメリカ人男性に日本で見染められて結婚して連れられてアメリカにきた」美人日本人妻たちは英語が上手くなってもだいたいあんな感じだった。逆に自分からアメリカにきてそこで結婚した女性たちはまた違った印象だったが。

いつもはにかんだ様子で、話し始めはSo...とかWell...とかUhmm...とか言って、会話では声を張りあげたり強く言葉で主張することもない様子は、相当アメリカ的には違和感あると思う。いわゆるアメリカ社会で成功する女性像とは全く違う。あの態度を維持しながら、アメリカで自分のチームを運営していくのはとても難しいことだと思う。でもできていて成功している。すごい。

あの控えめな態度は、多分、一部のアメリカ人男性からはすごくモテるのではないだろうか。アメリカ的な強さとオリエンタルな柔らかさが同居する感じは好きな人はすごく好きだと思う。蛇足だが。

 

大坂なおみのBLM活動

彼女のBlack Lives Matter運動へのコミットについては複雑な気持ちで眺めていたが、それも今回BLMの文脈のマスクをしてアピールして、そして優勝するということで解決してしまった。すごい。

僕は大坂なおみのBLM運動へのコミットを純粋な気持ちで見つめることはできなかった。それは、以下の1.2.3.のような前提があるからだ。

1. BLMは僕の理解ではアメリカローカルの運動という側面があるから。

BLMはグローバルに支持を得ている運動で普遍的な差別を扱っている運動ではあるが、その本質はアメリカローカルの運動であると思う。アメリカにある「システマティックな人種差別」を問題としていて、それを打ち倒すことを目的としていると思う。(以下リンクなど参照)

アメリカ黒人殺害事件…前代未聞の「抗議デモ」その深すぎる闇(笹野 大輔) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)

BLMは個人での差別、個人の心の中にある対人的な差別心はあまり問題にしていない。というか、そういうのは当然悪いことであって、そういう個人での差別はバカな奴がやっているので教育が必要なだけだという考えがあると思う。その上で、BLMが問題にしているのは「システマティックな人種差別」で、上のリンクにあるような表面上は個々で差別がないように異人種間で対人上の人間関係が築けても、結局「就学・就職や起訴などにおいてシステムとして差別されている」ということを問題のメインテーマにしている活動だと思う。盛り上がるきっかけとなったGeorge Floydが殺害された事件でも、加害者の警察官たちへの個人攻撃にとどまらず、社会的な運動に繋がっている。警察官たちはバカだが、そもそもそういうことを許容している、システマティックにこういう事件が起こるようにしている社会への運動になっている。彼が殺されたのは彼が悪いからでも加害者がバカなだけでもなく、社会が悪いからなのだ。ということだと思う。

なので、BLMはアメリカ社会を活動の攻撃対象としている。「アフリカから奴隷として無理やり連れてこられて、奴隷をした後に解放されたが、今でもシステムとして差別されている」ことに対する抗議だ。そうすると待遇改善の目標は究極は黒人の「優遇」にも繋がる。例えば、アメリカ一流大学への入学ではすでにアファーマティブアクションによって人種間で入学テストで必要な得点に差が作られている。アジア系はテストが得意すぎるから合格に必要な点数は高い点数。白人は普通。黒人は低め。でも、それでは足りないという。「そもそもテストで低い得点しか取れないような教育しか受けられないシステム」に黒人を置いているので、点数で優遇するのではなく枠を全人口の人種比率に合わせろ。とか。あるいはこの不公平を是正するには一旦「逆転」させないといけないので人種比率以上に黒人を入学させろ、とか。。。こういう考え方に究極的には繋がるのがBLMでそれは徐々に認められているようだ、こういう考え方や状況は非常にアメリカローカルの問題だと僕は思う。

日本においては、日本には差別がない、というはずは全くなく差別は様々に存在するし個人間での黒人への差別は明らかである。だが、日本には黒人は歴史的にほとんど存在していなかったので黒人に対する「システマティックな差別」はほとんどない(と僕は思う)。これは部落差別が本籍地というシステムでシステマティックに存在していたこととは対比的である。これを見てもBLMがアメリカローカルの要素を多く含んだ活動だということがわかると思う。

2. 大坂なおみがハイチx日本人のハーフということ。

大坂なおみが黒人として認識されることにはある程度「そうだよね」とは思うが、それがイコール彼女がBLM活動をすることに自然に繋がるかというとそうではない。BLMがアメリカローカルな活動で大坂なおみが日本人というだけではない。彼女は父親がハイチの方で、母親が日本人である。

アメリカではハイチ系はむしろ黒人からも差別される存在である。アメリカに住んだ経験を持つ人間からすると、ハイチ系の方はこのBLM運動をやっているコアのメンバーからさえも個人的な差別感情を向けられる可能性が十分に想像できる。弱い立場だ。

さらに、アジア系も黒人からも差別される対象であり、両者のmixである大坂なおみがそのままストレートにBLMにコミットしてBLM社会から受け入れられているのか疑問がある。

 3. 大坂なおみがテニスの高いレベルを目指してアメリカで活動していること

前出のようにBLMはアメリカローカルの活動である要素があると僕自身が考えている中で、大坂なおみアメリカ人でないということは決定的な意味を持つ。BLMは「(先祖が)無理やり連れてこられたafricanの活動」である側面があると僕は思っていて、そうであるならば大坂なおみがBLMの活動をしても「嫌なら帰れよ。好きで来たんだろう。帰るところもあるじゃないか」というようなリアクションもBLM活動家の中からさえでてきうるのではないか。と思う。

 

 これらの理由のため、大坂なおみがBLM活動をすることに純粋に応援もできず、そして本人がこれらの僕が感じる疑問を感じて活動しているのか、それとも全く疑問なく活動しているのか、どうなのか不思議に思っていた。しかし、今回の大会で勝つことでそんなものは吹き飛ばしてしまった。繰り返すが、大坂なおみすごい。

 

大坂なおみのBLM活動のチープさについて

大坂なおみが個人的な(システム化されていない)差別を日本で感じて生きてきたことはおそらく間違いがなく、その中で差別撤廃の活動をすることは蓋然性がある。しかし、彼女がやっているBLM活動やtwitterでの発言はやや安っぽく感じてしまう。マスクに犠牲者の名前を書くというのもなんとういうか陳腐な表現に感じてしまった。

そして、最後に優勝して、マスクの意味を問われて答えるのに、「あなたが受け取ったメッセージはなんですか?」というのはちょっとどうかと思った。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/news_jp_5f5d4f34c5b62874bc1dda6f

 マスクがなんらかのアクションを意図して作られているのは明らかでそれをわざわざ着用しているわけで、それを見た人が何かを考えるのは当たり前なので。その上で何を主張したかったのか、何を意味したかったのか、何を目的にしたのか、は、そうやってパブリックにマスクを示した以上、自分の言葉で明確に言うべきだったと思う。僕自身は少なくとも、「大坂なおみがパーソナルにどういうことを感じて生きてきて、どういう考えに至ったか。」そして「そのパーソナルな体験から得た考えをどのようにこのマスクを通じてパブリックに訴えたかったのか」ということを知りたかったし、それを明らかにすることでより大きな影響力を持てたと思う。またそういう影響力をもつべき人だと思う。そしてこの発言は非常に非アメリカ的だと思う。つまりアメリカローカルの活動であるBLMとしても違和感のある発言だと思う。これらを感じながらも、僕は大坂なおみのBLM活動を支持するし、共感する。すごい。結局は大会に勝った影響もあるだろうけど、こういう違和感の中、それが指摘されずに通ってしまう感じ。これは大坂なおみ以外にはなし得ないと思う。すごい。

BLM活動がちょっと彼氏の影響っぽいのとかどうかと思う。蛇足だけど。でも彼氏も大坂なおみと付き合ってからセールスも伸びててすごい。やっぱりすごい。

 

大坂なおみはここで書いたようにたくさんの細かい違和感を包摂して生きているけど、本人のチカラ、本人のスポーツでの成功でそれを一気に納得させてしまう力を持っていて、すごい。その矛盾、両価的さの解決力というか、そういうものを納得させてしまう圧倒的な力、魅力がすごいと思う。

今後も大きな大会にどんどん勝って、ランキングをあげて、そしてその立場にとらわれない活動をしていってほしい。