cyciatrist 自転車と精神科医療とあとなんか

ボストン留学帰りの精神科医。自転車好き。

てんかん患者さんの車の運転について

anond.hatelabo.jp

こちらの記事を読んで、てんかん診療に関わる医師として少し悲しく感じるとともに、てんかん患者さんと車の運転の関係の難しさを再度認識しました。
この記事に対するコメントなどを見ても依然としててんかんと自動車運転については一般の方には状況が浸透していないと感じたこともあり、考えたことがあったので少しまとめてみようと思います。
 
私は医師として、すべてのてんかん患者さんの運転を制限すべきという意見には反対です。「てんかん」と一言にいってもその中には多様な疾患や状態が含まれており、一律にすべての患者さんが運転に対するリスクが高いとは言えないからです。そのため、一定の条件を満たしてリスクが高くないとかんがえられるてんかん患者さんの運転免許取得は可能にすべきと考えます。また、現行の運転免許に関わる法令にはきちんとてんかん患者さんと運転の問題についての条項があり、その内容は適切であると考えています。
 
上記のてんかんというのは多様なものですべてを一律に扱うことは出来ないという私の考えと似たような考えが中心的となったことや、ほとんどのてんかん患者さんでの運転リスクが以前考えられていたより低いことが認識されたこと、また、てんかん患者さんのnormalizationや差別克服という視点により、てんかん患者であることは以前は道路交通法では絶対的欠格事由となっていたのが現在は相対的欠格事由となっています。さらに、以前は「てんかん」と明記されていたのが、現在は“発作により意識障害又は運動障害をもたらす病気であって政令で定めるもの”と「てんかん」という明記がなくなりました。これはてんかんと同様に発作性に症状をきたす病気が他にもあるからです。(不整脈や糖尿病など)
 
現在の道路交通法では上記のように相対的欠格事由となりました。相対的ということは「てんかん」であるというだけの理由では運転免許取得の欠格理由にならないということです。○○であるというだけの理由で欠格になる場合「絶対的欠格事由」と呼ばれます。現在では認知症は絶対的欠格事由となっており、その診断がされた場合は運転免許の取得・更新はできません。
ということで「てんかん」である患者さんがどのような条件を満たせば運転免許が許可されるのかという条件が「運用基準」で定められています。
 
てんかんに関する運用基準の要旨は以下です。

以下のいずれかの場合には拒否等は行わない

ア 発作が過去 5年以内に起こったことがなく、医師が「今後、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合
イ 発作が過去 2年以内に起こったことがなく、医師が「今後、X年程度であれば、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合
ウ 医師が、1年間の経過観察の後「発作が意識障害及び運動障害を伴わない単純部分発作に限られ、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合
エ 医師が、2年間の経過観察の後「発作が睡眠中に限って起こり、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合

つまりてんかんであっても最低2年は発作がない状態がないと運転免許は習得は不可能ということです。 2年や5年という期間が妥当かという議論はあります(他の先進国では6ヶ月から1年が一般的)が、一定期間発作のない患者さんはその後も発作を起こす可能性が低くなっていると考えられるので、方向性としては妥当なものと思います。

しかし、この法令制定以降にてんかん発作を原因とされる悲惨な事故が複数起こりました。

京都祇園軽ワゴン車暴走事故 - Wikipedia

鹿沼市クレーン車暴走事故 - Wikipedia

これらはどれも上記の法令を順守していない状態で起きた事故だと言われています。つまり、2年間という期間発作が止まっておらず、発作が普段からある人が運転をしていて起こした事故とされています。鹿沼市の事件では運転手は自動車運転過失致死罪で有罪になりました。発作が起こることがある程度以上予想されたのに運転した、注意義務違反が問われたと考えられます。しかし、これらは起こした事故に対して罰則が軽かったこともあり、これに対して国民から大きな批判が起こりました。その中には法令を順守していないてんかん患者が起こした事件ということを理解せずてんかん患者さんの運転全体に対して批判をするものも多くあり、それは誤解に基づくものと考えますが、重大な事故に対してなんらかの法の整備が必要なのは当然です。そのため、道路交通法がさらに変更になりました。

2014年の施行ですが、免許を取得・更新する人全員が病状を尋ねる質問票に回答するよう義務づけられ、虚偽申告の罰則は「1年以下の懲役または30万円以下の罰金」をかせられるようになりました。つまり、発作があるのに嘘をついて「ない」と申告して運転免許を取得・更新すると罰せられるということです。さらには発作を起こす可能性が高い状態で運転をしたり、上記「法令」に準じない状態で運転をして、死亡・傷害事故を起こした場合危険運転致死傷罪が適応されるようになりました。これは順当な内容であり、これまで上記「法令」を順守下で起きた重大事故がなく、違反者のみが重大事故を起こしているので、「法令」違反者への罰を強めるということです。

 

これまでの道路交通法およびその改正と「法令」の施行で、私はてんかん患者さんの運転免許取得、更新に関しての問題はほぼ対応済みだと考えます。必要にして十分な制限がてんかん患者さんに課せられており、その制限をキチンと順守している患者さんは事故を起こしていません。

Wikipediaでもよくまとまっています。てんかん - Wikipedia 

私が考える問題点

私は上記のように、これまでの道路交通法およびその改正と「法令」の施行で、私はてんかん患者さんの運転免許取得、更新に関しての問題はほぼ対応済みだと考えます。しかし、私もいくつか問題点を感じますし、種々の批判もあるのではと思います。

いくつか考えてみたいと思います。

 

「本当に法令を順守していても起きた事故はないのか」

これは「そう聞いている」としか返答できません。今のところ私が見聞きした範囲内で法令遵守下での重大事故はないようです。あれば、てんかん学会等で大きく通知されると思われます。

 

「リスクは高くないとは言え、てんかん患者の事故リスクがわずかでも健常人より高ければそれは規制すべきではないか」

これは

医療QQ - てんかん患者運転に理解を 事故率「若年男性の3分の1以下」(EU報告) - 医療記事 - 熊本日日新聞社

【池袋暴走事故】てんかん患者の交通事故リスクは本当に高いのか? 最新研究は驚きの結果を示す - エキサイトニュース

などを見ていただければ理解いただけないでしょうか。

年齢やこれまでの違反歴など、てんかん以上に事故リスクを上げる要因はいくつもあり、それらのほとんどが欠格事由とはなっていません。これを考えるとてんかんのみを欠格事由とするのは不適当です

 

「2年間発作がないってどうやって確認するの?」

これはいつも僕が悩んでいるところです。発作が人の前でしか起こらないわけではないですから、隠すことは可能です。現在は一般の外来診療で行える発作の有無の把握は患者さんの自己申告によるものにならざるをえません。つまり、患者さんの言うことがどれだけ信頼できるか、ということです。

きちんと予約通りに外来に来ていて、信頼できる報告を毎回してくれる患者さんの申告は信用して「2年間発作がない」という診断書は書けるでしょう。しかし、「薬が余ってるから」などと言って予約の数週後にぶらりと外来に現れる患者さんの言うことを信頼して書けるか、、、というと難しいですよね。

究極的には自己申告をきちんとするという患者さんのモラルに頼ることになります。また、免許取得・更新時の虚偽申告には罰則が設けられるようになっています。

 

「医師も患者も把握していない発作が実はあったという場合は?」

これが上記の記事から突きつけられた問題です。

患者さん自身が発作と認識していない発作があった場合は悪意なく申告しないことになるので、無自覚に法令に違反していることになります。注意義務ははたしており悪意はないので罰せられることはないと思われますが、法令下であれば低減されているはずのリスクは回避されず運転してしまう可能性が出てきます。

これを避けるのは医者の医療技術の向上や診察の丁寧さに頼るしかないですね。きちんとありうる発作型について1つ1つ有無を確認したりすることが必要でしょうが、私がすべての患者さんに対してそれを毎回きちんと行えているかというと、、、疑問です。ただし、現況においてこれをすり抜けて起きた事故は報告されていません。許容可能なリスクと言えるかもしれません。

 

「法律は運転免許証取得、更新時についてのものなの?」

基本的にはそうです。報告義務は取得、更新時に課せられています。しかし、「発作を起こしても免許更新までは運転できる」わけではありません。更新時でなくても発作を起こした場合は「法令」に準じて少なくとも2年間運転を控えるべきであり、控えずに運転し事故を起こした場合は危険運転致死傷罪が適応される可能性があります。

 

僕の考えは以上です。

現行の道路交通法、法令は十分な妥当性を持ったもので、それに応じて運転の可否を個々のてんかん患者さんで判断してください。

それを理解した上で「運転しない」というのは上記の記事を書かれた方の自由です。しかし、「運転しない」と判断するのは個々のてんかん患者さんであってそれを全てんかん患者に押し付けるべきではありません。

 

記事を書かれた方の良い発作予後をお祈りしています。