cyciatrist 自転車と精神科医療とあとなんか

ボストン留学帰りの精神科医。自転車好き。

妊娠中の喫煙は児の精神疾患に関係「しない」?

Association Between Maternal Smoking During Pregnancy and Severe Mental Illness in Offspring

jamanetwork.com


妊娠中の喫煙と児の重度の精神疾患の関係
アブストラクトを読んで印象的だった。

 

喫煙の害が言われて久しい。僕はかつては喫煙者だったが、現在は一応禁煙に成功して、5年程度喫煙せずにすんでいる。これは二度めの禁煙で、1度目は1年程度で喫煙者に戻ってしまった。1度目は中途半端にチャンピックスを飲んでやったのだが、チャンピックスは明らかに効果があり、飲んでいる間は明確に喫煙欲求が減少した。副作用の吐き気も強かったが、一旦止めることには明らかに良い効果があった。さらになんとなくだが、ニコチンレセプターもチャンピックスがダウンレギュレーションしているような感じがあって、飲むごとに急速に喫煙欲求が減少していっているような感じがあった。ただ、やめて2ヶ月程度は眠気がひどくて、仕事にならなかったことを覚えている。その後は1年程度で喫煙者に戻ってしまったが、2度めの禁煙で現在まで続いている。「禁煙なんか簡単だおれなんかもう10回も禁煙している」的なジョークがネットで散見されるが、禁煙は何度トライしたって良いので、一度の失敗でしょげることなく禁煙する気になったら何度でも禁煙すれば良いと思う。そのうちやめられるのではないだろうか。
二度目の禁煙は米国留学がきっかけで、長い海外へのフライトや、その後のバタバタでタバコを吸う気にもならなかったこと、留学ということでテンションがあがっていて禁断症状に気づかなかったことなどで成功したのだと思う。
しかし、現在は喫煙はもはや重大な罪のようであり、いまの喫煙者叩きにはそれはそれで違和感を覚える。かつて喫煙していた頃、15年ほど前だったか、千代田区で路上喫煙の禁止条例が出来て大激論が巻き起こった。ちょうどその頃は千代田区の駅に降りて文京区の病院に勤務するというスタイルだったから僕にも影響は大きかった。今記憶している範囲でも、いくつもレジスタンスのような形で千代田区で喫煙をして罰金を払わされる人やトラブルのニュースが絶えなかった。それが現在ではむしろマナーを守らない喫煙者はどのように人格攻撃をしても良いような雰囲気で、時代とは変わるものだなーと思う。僕自身もやめたけど、僕の周囲でも喫煙者は激減しているのをはっきりと感じる。
渋谷ですら路上喫煙禁止となったが、15年前のクロスビートだったか音楽雑誌で、「渋谷のセンター街でも喫煙禁止になったら暴動が起こる」などというコラムを読んだ記憶があるが、結局渋谷でも路上喫煙は禁止になって、暴動にもならず静かに受け入れられていった。啓蒙というのは大きな力を持っているんだなーと思うとともに、時代が変わるとこんなに人の考えが変わるのかと怖くなる。いまや受動喫煙についてのみではなく、三次喫煙(タバコを少し前に吸った人の服などについたタバコ関連物質を摂取させられること)まで議論されている。
喫煙は飲酒とともに長い娯楽として歴史があり、それとともに文化もある。これも禁煙言論が大きくなった時にdictionaryだったかR25だったかのフリーペーパーでの議論があって印象深かったのを思い出す。例えば小さな飲み屋で隣の人からビールを勧められて一緒に飲む。例えば隣の人にタバコを一本もらう。それをきっかけに話がはずみ、仲良くなる。これはありうる話であり、液体や気体を共有することでなんらかの気分が醸成されて人と人の交流が産まれることがある。これが食べ物だとなかなかそうはいかない。隣の人に「これうまいから」と小皿を勧められてもちょっと食べにくいし、隣の人の食べ物を美味しそうだからといっていきなりもらうのはケンカのきっかけになりかねない。
しかし、そういった喫煙を擁護する高尚な議論ももはや消えてしまった。いま聞こえるのは「喫煙者は人間扱いされない」という愚痴に似た抵抗ばかりである。こういった言説を発するのもエネルギーがいることであり、喫煙擁護の論陣は結局はニコチン依存症者の依存症行動によるものだけだったのだろうか。ネットでは大麻解禁論もあり、これはこれで別で論じたいが、喫煙にこれだけ拒否反応を示しておいて大麻は解禁論が大きくなっているなどアンバランスさには驚くばかりである。
さて、完全に話がそれた。表題の論文である。喫煙が妊娠に悪影響があるのは当然で、妊娠中の喫煙は厳に慎むべきである。喫煙による一酸化炭素の悪影響があり早産は喫煙者では1.5倍以上の発症率となるという。また、出産後も「乳幼児突然死症候群SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)」の発生率が高く、子供の身長や学力が低くなる傾向が見られるといわれる。では、精神疾患の発症率についてはどうなのだろうか。
この論文では、スウェーデン人で研究を行い、1983年から2001年に産まれた1680219人!! を対象としている。自己申告での母親の喫煙の有無を調べている。
結果としては喫煙した母親から産まれた児は、将来 severe mental illnessを発症するリスクは高かった。(moderate喫煙でHR1.25, high level喫煙でHR1.5)
しかし、他の兄弟との関連性などを除外すると将来 severe mental illnessを発症するリスクと母親の喫煙の影響の関係は低くなり、有意ではなくなったという。(moderate喫煙でHR1.09, high level喫煙でHR1.14)
要するに妊娠時に喫煙する群はタバコと関係なくそもそもsevere mental illnessハイリスク群であり、喫煙していなくても児がsevere mental illnessを発症する可能性はすでに高いということのようだ。
感想としてはそう言われればそうだろうと思うが、喫煙のリスクも当然あるはずでそれが証明できなかったのは意外であった。Conclusionで「この研究は妊娠中の喫煙がsevere mental illnessのリスクとなることを証明することに『fail』した」と書いてありfailというのが研究者のくやしさを表している感じがして面白かった。

今後はさらに喫煙者は減っていくであろうと考えられるが、欧米では大麻解禁のニュースが続いており、大麻は使用者が増えていくのかもしれない。30年後には大麻路上喫煙の許可の議論や禁止の議論が日本でも行われているのだろうか。それにともなって妊娠に対する大麻の害や利益?の研究も行われていくと思われる。