精神障害者が犯罪を起こしても無罪?
こんな事件が話題になってました。
これまでも精神障害者が事件を起こし無罪減刑された時には「キ○ガイ無罪」などとインターネット上では揶揄されており、司法の判断と一般の感覚に大きなズレがあるようでいち精神科医として心を痛めていました。私はこの事件においては統合失調症という診断及び暴行に及んだ理由がニュースの通りであるならば議論の余地なく無罪と考えます。
これまでも有名な事件としては古くはピアノ騒音殺人事件 - Wikipediaから精神疾患と責任能力については議論になっており、なかなか一般の理解が得られていないようです。
最近ではこういったものもありました。
6人殺害のペルー人意識不明!統合失調症で錯乱状態の犯行か? | てげろぐ
この辺りは様々な階層、質での議論がありなかなか統一した議論が難しいのですが幾つかの論点をまとめてみたいと思います。
1.すべての精神障害者が事件において無責任となるわけではない
精神科もさまざまな流派やさまざまな考えを持った医師の集合体なので、すべての精神科医師が同意するという議論はありません。かつては不可知論・可知論(不可知論と可知論|はちみつ)などを前提として様々な議論が行われてきました。
その際の論点は概ね以下にわけられます(薬物・アルコールは複雑になるので省いています)
1「統合失調症の症状に左右されて犯罪を犯した場合に責任能力があるか」
2「統合失調症ではあるが症状とは関係なく犯罪を犯した場合に責任能力があるか」
3「躁うつ病の症状に左右されて犯罪を犯した場合に責任能力があるか」
4「躁うつ病ではあるが症状とは関係なく犯罪を犯した場合に責任能力があるか」
5「統合失調症、躁うつ病以外の疾患だが犯罪を犯した場合に責任能力があるか」
これまで偉い人たちが交わしてきた議論はぶっ飛ばしますが、、、
現在の精神科医一般の意見は総じて「1は間違いなく責任能力無し、2は概ね責任能力無し、その他は責任能力あり」とまとまっていると思います。(もちろん今でも極端な論に立つ医師はいますが)
ですので、今回の裁判でも
「当時は幻覚や妄想の影響で善悪の判断ができない心神喪失の状態だったとの疑いが残る」
と判決では統合失調症の症状で犯行を行ったことが否定出来ないことを指摘しているのです。
つまり、すべての精神障害者が犯罪において無責任となるわけではないのです。無責任になるのはおおむね統合失調症の人が統合失調症の症状に左右されて犯罪を起こした時だけです。病気の調子がいい時に統合失調症の患者さんが悪意にかられて起こした犯罪では責任能力あるとされ罰せられます! 安心できましたか?、、、、、、それでも納得出来ないという人がいるのはわかっています。全部じゃなかろうがとにかく精神障害者が無責任になるのが納得いかん!という人もいると思います。その辺を議論が複雑にならないように統合失調症の方が犯罪を起こした場合に限って考えてみます。
2.むしろ統合失調症の人が幻覚妄想状態で起こしたことを責任能力あると思うほうがおかしい
と僕は思います。精神科医として幻覚妄想状態になった統合失調症の方をみる機会がありますが、そのときには「ああ、これは判断能力が保たれている人と同じに扱うのは無理だな」と素直に思います。そう感じるのが自然な人の心だと思います。
その証拠に、日本で初めて文章化された法律である大宝律令(養老律令)にも癲狂(精神疾患)の罪を減じるという項目が記載されていたといいます。責任能力 - Wikipedia
こんな昔のもので、難しい法理論とかが発達しておらず精神医学なんてものもない時代でもそういった項目があるということは、みんな「うーん、あれは罰せられんよな」とひしひしと感じていたのだと思います。
では、なぜ昔の人たちがそうひしひし感じていたのを今の一般の方たちが感じていないのでしょうか?
それは、「今の一般の人達が統合失調症が悪化した状態の人を見ていない」からだと思います。昔は統合失調症の治療などなく、患者は放置されるだけでした。もしかすると河原などに集められていて近くに行くと遠目で見ることができたかもしれません。また、良いことではないですが、そういった幻覚妄想状態の方とケンカ等になった人が身近にいたことでしょう。そうすると幻覚妄想状態の統合失調症患者がどのように一般の健常人と異なるのかということを実感することができていたのだと思います。しかし、現在は統合失調症については不完全ですが治療が行われるようになり、また悪化したら入院できる体制にあるなど管理も進歩しています。その中で現代においては精神医療に関わる人間以外、幻覚妄想状態にある統合失調症患者を身近にみることがなくなっていると思われます。そのため、統合失調症の幻覚妄想状態がどのように一般の健常人と異なるかを実感できず、罰せられないのを疑問に感じてしまうのだと思います。
3.統合失調症の症状で犯罪を犯した人を罰することに意味があるのか
刑法にて刑罰があるのは犯人の再犯の防止および他者の同様の犯罪の防止です。刑罰 - Wikipedia
統合失調症の人が症状に左右されて犯罪を犯しそれを罰したとしても再犯の防止にはなりません。統合失調症の症状の一つは「妄想」と呼ばれ統合失調症の方からするとそれは完全な事実として認識されます。今回の事件でも
一貫して「スマホから飛んでくる電磁波が体に刺さり激痛が走った。優先席近くでは電源を切るのがマナーだし、痛みに耐えられず注意したが、無視されたと感じ怒りが爆発した」
と述べているとのことです。この人を罰してもこの人は「事実なのに周りは全然わかってくれず罰までくらった。周りはおかしい」と考えるだけです。再犯防止になりません。
また、他者の同様の犯罪の防止にもなりません。他の人が今回の事件をみて、「同じことしたら自分に得になる。真似しよう」とは思わないからです。電車で人を殴って利益になることはありません。
4.統合失調症の人が症状に左右されて起こした犯罪は統合失調症の人が起こした犯罪ではない
幻覚妄想状態で何かを起こした場合、その行為主体は人ではないのです。統合失調症の人が症状に左右されて起こしたことは、例えば糖尿病の人が低血糖で倒れて人を押し倒して怪我をさせてしまったり、運転中に脳出血になって意識がなくなって人を轢いてしまったり、ということと同じことです。これらは病気やその症状が事件を起こしたのであって病気にかかった人が起こしたわけではありません。統合失調症の幻覚妄想が悪くなるとその人のコントロールは全く効かなくなることがあります。その下で起こした犯罪はその人の罪ではありません。もちろん、個々の事件で被告がどれだけ病気に支配されていたかを裁判で議論するのはとても必要なことです。今回の裁判でも
「当時は幻覚や妄想の影響で善悪の判断ができない心神喪失の状態だったとの疑いが残る」
と心神喪失の可能性を認定しています。
まだまだ議論はできますが、精神障害者(統合失調症の人)が犯罪を起こした場合に無責任となる理由は大雑把に上記です。僕は上記の議論が充分説得的だと感じ、幻覚妄想状態の統合失調症の人が起こした犯罪は無責任とされるべきと考えています。また多くの精神科医がそれと近い意見であると感じています。
ただ、異なる意見の方もいるのも理解はしています。
僕が思いつく精神障害者有責論の論点は以下ですが、それぞれ僕の反論を書いてみます。
1. 悪いことをした人は精神障害者であろうとも同じように裁かれるべきだ。因果応報はどうなるんだ→健常犯罪者の情状酌量の必要性から議論してその必要性が否定されたら言ってください
2. 被害者の救済や心情はどうなるんだ→刑罰は被害者の救済等のためにあるのではありません。ただ、これは確かに重要な問題なので刑罰と切り離して議論してください。
3. 社会の安定のために危険な人は病気だろうが社会に出すな→究極的には優性学や行き過ぎた管理社会につながるような危険な考えだと思います。疾患に罹患した人を早期に管理し治療をするのはとても重要な事です。ただ、それが社会の安全のためと強調されすぎると行き過ぎた隔離政策に繋がると思います。また、医療観察法という法律が制定され制度面も少しずつ改善されてきています。
みなさんはどうお考えでしょうか
2016年6月30日追記
先日釧路でいたましい事件がありました。
男が釧路で4人を無差別に刺傷したという事件です。事件後男が統合失調症で治療を受けていたとの報道がありました。
「僕の人生を終わらせたくて、殺人が一番死刑になると思って、人を刺した」と供述。統合失調症を患って精神科に通い、薬を飲んでいたことも分かっている。
とのことです。
報道の通りであればこれは統合失調症患者が起こした犯罪ではありますが、統合失調症患者が統合失調症の症状に左右されて起こした犯罪ではありません。
後日報を待ちたいと思います。