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cyciatrist 自転車と精神科医療とあとなんか

ボストン留学帰りの精神科医。自転車好き。

医者の力は患者さんが引き出す

ibaibabaibai-h.hatenablog.com

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これを読んですごく感動しました。

一過性全健忘という特殊な疾患にかかった方が自分で記録されたことですが、自分でここまで調べて、ここまで詳細にその内容を語れ分析考察できる方は他に知りません。そしてきっちりとゴールデンタイムに画像を取っていて、実行力もすごい。きっと研究者としても一級なのだと思います。

ちょっと心配になったのは、一過性全健忘直後にMRIを取ってT2high、DWIhighのスポット領域の出現を確認しているのだけど、その後それが消失しているのを確認したのか記載がないことですが、、、まあ症状が回復しているから良いのでしょう。

 

僕が感動したのは、ご本人も「プロジェクトXのよう」と言っていますが、その短いtime windowの中で、近親の医療関係者の直接の助けなしにきちんとMRIを適切な条件で撮像しているということです。友人のクリニックで撮像するなどではなく、一般の医療の手続きを踏んだ上できちんと難しい条件を踏まえた撮像が行われています。MRI撮像を決心した翌日に望んだ部位の望んだ条件のMRIがきちんと撮れる。これはご本人の状況を考えると本当に難しいことです。

なぜなら、撮像時点では本人の状況がまったく生死に関わる状況ではなく、症状も全く無かったからです。医療は重症度によってシステムが構築されています。「『今』検査が必要な人には『今』、あとでで良い人にはあとで」という組み分けがされ、それで運営されています。そのために緊急の枠と予約の枠が分けられており、よっぽど緊急でなければ予約の枠に回されます。

一過性全健忘の直後という、id:ibaibabaibai_hさんご本人としてはびっくりすることで医療者としても珍しく興味深いことであったとしても、生死に関わる状態や後遺症が残る状況ではない以上、緊急の人を押しのけて検査が入るのはあまり行われないと思います。もちろん、キャンセルで枠が空いたというラッキーもあったのでしょうが。

そもそも一過性全健忘の診断基準は

1. 発作中の情報が目撃者から得られる
2. 発作中、明らかな前向健忘がある
3. 意識障害はなく、健忘以外の高次脳機能障害はない
4. 発作中、手足の麻痺のような神経学的異常はない
5. てんかんの兆候はない
6. 発作は24時間以内に消失する
7. 最近の頭部打撲やてんかん発作はない

となっており、MRIの所見は全く必要とされていません。MRIは診断基準外でも充分価値のある情報となりますが、今回の事例においては逆にMRIの所見がなかったとしても一過性全健忘を否定することはできません。基本的には診断基準通り症状と状況を確認することのみで診断が行われます。ですので、一人目に診察を受けた医師はその時点で緊急にMRIを撮像できる施設に紹介せずに自費も含めた選択肢の提示をしているのだと思います。

 

医者の力は患者さんが引き出す 

僕は医療人として誇りを持っていますし、基本的に受診してくる患者さんは何かに困って来院してくるわけで 、それをなんとか助けてあげたいと思います。また、医療は当然人の生死に関わる業務で高い倫理観が求められます。なので、医者は他の業種より士気は高く、「最低限やらなければならないこと」の基準が高い業種だとは思います。しかし、医者だって人間です。常に誰にでもフルパワーの限界まで尽くすというわけにも行きません。生死に関わったり後遺症が残ったりしない状況では、「ま、こんなところで落とし所を」と考えて様子を見たりということは良くあります。そういった重大性の薄い状況で医者が精一杯を尽くすかどうかは、やはり医者が「この人を助けてあげたい」と思うかどうかなのだと思います。患者さんが緊急でもない状況でふてくされて来院されても、「ま、大丈夫ですよ、様子見て」と対応することにもなるでしょう。患者さんが協力してくれないのに、一方的に医者側が常にフルパワーで真摯に対応するというのは不可能です。しかし、真の意味で重大性がなくても、患者さんが本当に困っていたり、協力しやすい状況を作ってくれれば、医者も本来のフルパワーを発揮するのではないでしょうか。医療における患者−医者関係はどちらかがどちらかに奉仕したり犠牲になったりするような一方通行のものでは決してなく、双方向のものです。

id:ibaibabaibai_hさんの場合は、きっと受診された先でとても良いプレゼンテーションをされたのだと思います。きちんと医者の興味を引き、変な誇張や嘘が混じることなく、真摯な態度で状況を説明され、担当の先生を「協力してあげたい」という気持ちにさせたのだと思います。だからこそこうやって何人もの医療従事者がibaibabaibai_hさんに協力して、この難しい条件のMRI撮像を成し遂げたのだと思います。

興味深い疾患に、興味深い事例のご報告本当にありがとうございました。