cyciatrist 自転車と精神科医療とあとなんか

ボストン留学帰りの精神科医。自転車好き。

薬物療法か心理療法か、でしょうか?

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うつ病における薬物療法の重要性

うつ病の治療のみならず、統合失調症てんかんなどに対する現在の精神科の治療では薬物療法は欠かせません。少なくとも中等症以上のうつ病における薬物療法には明確なエビデンスがあり、どのガイドラインを見ても一番はじめに試みるべきなのは薬物療法と書かれています。最近のガイドラインでは以前に比べて心理療法を中心とした薬物療法以外の治療法を強調するものもありますが、それでも軽症うつ病に限っての話で、それも薬物療法と併記する形などが多くささやかなものです。

さらに今でも新しい抗うつ薬が毎年のように発売されていますし、そのどれもが充分な効果があって副作用が少なくなっており、治療の大きな武器になっていると感じます。実際、私を含めてまわりの精神科医では昔の副作用の多い抗うつ薬を用いることは非常に少なくなりました。うつ病における抗うつ薬治療は進歩を続けており、ただ医学雑誌に研究が載るだけではなく抗うつ薬は実際に患者を救っています。また、私達も新しい抗うつ薬の使い方に習熟してさらに良い抗うつ薬による治療を目指しています。

しかし、こういった現状においても、薬物療法でなく心理療法を求める方や薬物療法を避けるべきであるというご意見をよく見かけます。「薬に頼らない治療」を謳うクリニックも多く目にします。薬物療法の重要性や確立された効果とは反する形で。

 

なぜ薬物療法を避けようとするのか

こういった薬物療法を避けようとする人や批判する人がなぜこんなに多いのでしょうか。もちろん、「なるべく薬を飲みたくない」という気持ちは理解できるのですが、なにか親の敵のように薬物療法を敵視する人たちが多くいるように思えます。なぜ彼らはそんなに薬物療法を敵視するのでしょうか。
よくある批判に「薬漬け医療」という批判があります。医師が製薬会社と結託して、患者さんを薬漬けにし、金儲けをしているという批判です。これは基本的に誤りです。いくら薬を処方しても医師には金銭的なメリットはありません。(製薬会社にはありますが)
「薬は怖い」というなんとなくの恐怖感があるのは理解できます。確かに精神に作用する薬剤と考えると恐ろしい感じもします。なんとなく「カウンセリング」というほうが安全で優しく、柔らかいイメージもあるのでしょう。カウンセリングや心理療法を選択するのは患者さんの自由ではありますが、その際には薬物療法を得体の知れない恐怖感だけで避けないでほしいと思います。
この薬に対する恐怖心には、「薬の治療ですごく副作用が出た」とか「薬漬けになって廃人になった」といった体験談を聞いたことから来ていることもあるかもしれません。「廃人」という状態に薬でなるのは考えにくいのですが、インターネット上では「廃人」になると声高く主張する人もみかけます。僕は体験談の多くは根拠が薄いものであると思います。
そして、こういった薬物療法を否定する言説のほとんどは薬物療法をやめて「カウンセリング」などの心理療法をすることを勧めています。僕はそれに影響されて患者さんの一定数は薬物療法を避けるようになっていってしまっていると感じています。

 

薬物療法と心理療法の二者択一なのか

僕は薬物療法を批判する言説の多くは非常に極端だと感じています。そして薬物療法を批判する言説の多くが非常に安易に「カウンセリング」をはじめとした心理療法を勧めているのに違和感を感じます。なぜ彼らはそこまで薬物療法を嫌うのでしょうか。なぜ彼らは薬物療法と心理療法の二者択一でしか語らないのでしょうか。なぜすべての心理療法がすべての薬物療法に勝るような印象付けを行うのでしょうか。
確かに、劣悪な薬物療法を行う精神科医が存在するのは確かです。しかし、それと同時に適切な薬物療法を行う医師も存在します。薬物療法を極端に嫌う人たちは、劣悪な薬物療法と心理療法を比べている可能性があると思います。適切な薬物療法とそれ以外の治療を比べた場合、うつ病においては適切な薬物療法が有利であるというエビデンスが多くあります。一部の劣悪な薬物療法を根拠に薬物療法全体を否定すべきではありません。
もちろん、それぞれの患者達にあった対応、治療の組み立て、組み合わせは必要です。薬物療法、心理療法両者を組み合わせ、それぞれの患者さんにあった方針を出していくべきですが、極端な意見を基にしてどちらか一方に偏ることは避けるべきです。また、一定に証明されている薬物療法の有効性を無下に否定するべきではありません。
もしうつ病を患った時には、ネットの極端な意見を信じ込まず適切な薬物療法を受けることを選択肢に入れてもらえると嬉しいです。

*1:Bill Brooks