cyciatrist 自転車と精神科医療とあとなんか

ボストン留学帰りの精神科医。自転車好き。

適正な医療の提供と「サービス」との間で

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夜間休日は「ほどほどの」医療

夜間休日における1次,2次医療についてです。1次,2次医療とは、比較的軽症で自分で医療機関にかかることが出来る患者さんを相手にした医療のことです。3次医療になると本当の意味で急を要する医療になります。

私は精神科医ですが、時折一般の(1次,2次の)救急業務を夜間休日に手伝わされる事があります。たまにではありますが、総合病院に勤めていると当番が回ってくるのでしかたがないのです。救急救命の先生たちが救急車で来た症例をバンバンこなしている横で、歩いてきた症例をおっかなびっくり拝見したりしています。熱が出ている、頭が痛い、などの症状があって患者さんたちが病院にやってくるのを、精神科医の私が拝見するのです。私も不安ですが、患者さんも不安だと思います(苦笑)。

この仕事の時に私が考えているのは「この後に死ぬ可能性のある人やものすごく悪くなる可能性のある人を見逃さないようにしよう」ということだけです。「ちゃんと病気を診断しよう」とか「ちゃんとそれぞれの患者さんにオーダーメイドされた検査をしよう」とかにはそれほどこだわりません。もちろんそれらをすることが上記の目的に近づく場合もありますが、少なくともそれにこだわることはありません。治療も「風邪だから抗生剤は出さない」などとかたくなな「正しい」医療行動をしようとはせず、患者さんからの希望があれば風邪だと自分が思っていても抗生剤も出してしまうこともあります。説明して啓蒙しようとしてお互い嫌な気分になるなら、素直に患者さんに従ってしまって問題化するリスクを低くします。そして「悪化するようならまたきてください。できれば昼間に来てください」と言って帰宅してもらいます。

一般の方にこれを言うと気分を害する方がいます。どうも私の考えは理解できないようで、彼らは「常にフルパワー」「いつでもMAXの良質な医療」を求めているようです。彼らにとって医療は24時間どこでもいつでも完全なものでなければならないようで、夜間休日でもほどほどですましてはいけないと主張するのです。

私は夜間休日の一次、二次の救急外来では上記の私のような対応が適正な医療の提供だと考えています。夜間休日は病院は「お休みモード」です。普段のMAXのちからが出せる状態ではありません。病院によってどこまで夜間休日のパフォーマンスを下げるかは異なりますが、夜間休日の方が平日昼間より働いている職員が多いという病院はさすがに存在しないはずです。よくあるパターンは:夜間休日は院内で出来る採血検査は出来る(ただし技師当直がなく医者が自分でやらないといけないこともある)、レントゲンとCTは動くけどMRIは夜は無理、当直している医者は一人でバックアップとして電話していい人が一人決まっている。というような感じです。僕が勤めているのは大学病院ですが、それでも精神科医が休日夜間の一般外来に駆りだされているのです。三次救急はそもそも救急搬送された重傷者しか来ないので話は別ですが。

この夜間休日の状態で来院された患者さんはそれ相応の医療しか受けられないことになります。また、この夜間休日の状態では医者はそれ相応の医療しか出来ないことになります。この中では、私は「この後に死ぬ可能性のある人やものすごく悪くなる可能性のある人を見逃さないようにしよう」という医療態度は十分適切な医療の提供になると思っています。

 

医療はサービス業なのか

これは延々と議論になっているテーマです。確かになにかのサービスを顧客に提供するという意味ではサービス業かもしれません。では、サービス業だから「お客様は神様」で徹底的に個々の患者さんに目一杯の満足を与える「サービス」を行うべきでしょうか。

僕は違うと思います。医療は常にどの国においても公共の施策と密接に結びついています。日本では保険でやる以上、受診料などの患者さんが医療で払うお金は政府に決められています。これは価格が公定で決められている水道や電気と同じことです。広告も規制されています。つまり、医療は少なくともレストランや他の一般のサービス業とは形態が異なるのです。医療というのは公共の福祉という観点から政府が決めた原則に従って行われるサービスなのです。政府がに決められた医療費や制度を考えると、そのような医療は政府からも求められていないように思います。夜間救急での1次2次の患者さんに対しては「病名までははっきりわからないけど、あなたの状態は死ぬ可能性やものすごく悪くなる可能性がなさそう」という医者からの情報の提供は十分に要求に応えるサービスだと僕は思います。

 

適正な医療の提供と「サービス」との間で

僕は夜間休日に来院する1次2次救急では「この後に死ぬ可能性のある人やものすごく悪くなる可能性のある人を見逃さないようにしよう」という医療態度を夜間休日にはとっていて、これが出来る範囲で適切な医療の提供であって公共の福祉の観点から求められているサービスの提供を十分に満たしていると考えているというお話をしました。

ただ、もちろん患者さんは困って来院しているわけですからなんとかそれに応えたいというのも医療者として素直に思うところです。きちんとした診断と治療は最も重要です。できれば笑顔で接したいですし、なるべく早く良くなってもらうよう工夫をしたいと思います。苦痛は少ないほうがいいし、待ち時間も少ないほうが良いでしょう。僕も夜間休日でもそういった医療が提供できるようにと考えた時期もありましたが、今は上記の姿勢が適切な医療であると考えるようになりました。それ以上は「サービス」であると考え、自分が余裕があるときのみにやるよう努力しています。もっとたくさんの「サービス」を安定的に夜間休日に行えるようにできれば良いのですが。

しかし、僕が設定する適切な医療以上の「サービス」を行うかどうかは費用対効果の問題や医療に何を求めるかという思想の問題などにも絡んでくるので僕の個人的な行動だけで変えることができるわけではなさそうだなとも思います。常に24時間完璧な医療ができるような制度があれば良いのですが。