読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

cyciatrist 自転車と精神科医療とあとなんか

ボストン留学帰りの精神科医。自転車好き。

医局を離れることにした

f:id:cyciatrist:20151223120825j:plain

*1

ボストンに留学していましたが、日本に帰ってきてすぐに就職活動を始めました。大学医局をはなれることにしました。

 

ここにはもういたくないと思った。

馬鹿にされていると感じました。これまで勤務した病院や留学先では僕はそれなりに評価されていると感じていたのに、大学に戻った途端にそう感じなくなりました。ここでだけ僕は評価されていないと強く感じました。

論文業績が一つもない同期が良いポジションを得て、自分より論文業績が劣るセンパイが高いポジションを得て、人格や仕事的に問題のあるセンパイが上司になっていました。不人気の医局で人材が残っていない中で、一番低いポジションにもう一度戻ってくることが当たり前のように扱われて怒りを感じました。

大学病院に勤務しても、学会での仕事があるわけでもなく、高いレベルの臨床業務があるわけでもなく、原稿仕事があって名前が売れるわけでもなく、研究が出来る環境にあるわけでもなく、内部で高く評価されるわけでもない。いる意味が無いと感じました。

 

3年間は長かった。

3年間アメリカに海外留学をして帰ってきました。初めは2年間の予定で、大学から奨学金のような形でお金が出て、それで行くことになったのでした。そもそも、留学なんて別に希望していなかったんです。たまたま留学のための奨学金制度のようなものが突然湧いて出て、それを受給する候補者が僕以外におらず、僕に白羽の矢が立って、そして強く勧められて行ってくることになったのでした。

だいたい留学してなにをすればいいのかわかりませんでした。学位は取りたいと思っていたけど、わざわざ海外に行ってそれの業績で取る必要はなかったし、英語だって勉強をしていたわけではありませんでした。研究も臨床研究はいくつかやり英語論文も持っていましたが、基礎研究の経験は全くゼロ。ピペットも持ったこと無い状態でした。言葉の分からないなかで全く知らない技術を一から学んでいくのは本当に大変でした。

それでも、一生懸命やり、一年延長のオファーをもらいました。一年間4万ドルの年俸を出してくれるオファーです。周りの日本人は日本での研究経験がありその上で留学してきましたが、有給の延長のオファーをもらった人はおらず延長して滞在している人たちの多くは自費で滞在していました。その中で素人からはじめて有給のオファーを貰ったんです。

留学前に勤務した病院でもそれなりに高く評価してもらっていたと感じていましたが、アメリカでも辛かったですが一生懸命頑張って評価してもらって、そして論文も出すことができました。結果も出たんです。

 

低い評価での帰国

帰国することも1年近く前に教授に伝えました。帰国時のポジションだって当然まともなポジションになると思っていました。それが、特に説明もなく一番下のポジションでした。さすがにどうにかならないかと交渉したのですが、まったく取り合ってもらえませんでした。嫌がるのを強く勧められて行って、苦労して頑張って、評価されて結果を出したのに、帰ったらこうなるのかとぞっとしました。

教授は少しおかしなところのある人なのはわかっていたので、それでもめげずに帰国してまた臨床をやって今後の展開を考えようと思っていました。でも、臨床で取りまとめをやっている上司にも評価されていないことが明らかになりました。一応は人望のある方なのですが、、、ショックでした。今後僕はどうなっていくのか、保証のあるようなことも言ってもらえず、現在の評価も定まらず、すごく不安になりました。アメリカでどういう研究をやって帰ってきたのか、そういうことを話す機会は帰国して約一年、未だに与えてもらっていません。自分に興味すら持ってもらっていないのかとあきれました。

それで、やめることを決心しました。

他の大学に行って頑張ることや前にいた病院に勤めることも考えていろいろ相談はしましたが、今回は少し田舎に行ってしばらくのんびりやろうと思っています。今後の展開は色々あると思うのですが、もう少し資格をとって、書き損ねていた論文を書きながら次の展開を考えていこうと思っています。

てんかん専門医の次は睡眠医療認定医、老年精神医療専門医の順でしょうか。

幸の多い道でありますように。

 

 

 

*1:madstreetz