cyciatrist 自転車と精神科医療とあとなんか

ボストン留学帰りの精神科医。自転車好き。

知っているからわかる。

あらかじめ知識がないとわからないから騙される

blog.livedoor.jp

これを読んで思ったことです。僕は医療を知っているからこの記事に騙されないけれど、知らない人は騙される可能性がある。ということです。

この記事やこの記事が引用している小児科医の文章は非常に短いですが、重要な例になっていると思います。

 

「考えればわかる」か 

jibunlife.hateblo.jp

この記事でもそうですが、インターネット内では「ジアタマが良ければ考えればなんでも正しい主張にたどり着ける」と思っている人が多すぎる様に思います。知識がなくても充分な思考力があれば正しい結論を導けるという考えが多すぎます。アメリカの、特にIT系の人たちもこれに近い思想があるように思いますが、しかしこれはとても危険です。僕は、人間は知らないことは正確に判断できないことが多いと思います。

ある程度の議論ができる(表明出来る)人たちは、論理展開力には充分なものがあります。緻密な議論を展開する人から大雑把な議論を展開する人までいますが、ある程度プレゼンスのある議論を表明できる人たちが展開する議論の内部では矛盾や無理な飛躍は多くはありません。それらはたいていよく出来た議論に見えます。しかし、実際にはその結論のうち幾つかは間違っています。あるいは、同じ論点に対してある人の結論とある人の結論が相互に食い違っていたりしたりします。どの議論もその議論の内部ではまとまった論理構造を持っているのに、なぜこんなに食い違ったり、間違ったりするのでしょうか。

やはり前提としているものが異なっていたり誤っていたりするからではないでしょうか。

言説は常に前提からスタートします。その上にさまざまな事実や事実認識を重ねながら議論を重ねていきます。この「議論」は一定の技術があれば矛盾のない議論展開が可能です。先ほども申し上げたように、一定の評価を受ける、ある程度プレゼンスのある議論を表明できる人はこの「議論」においては大きな矛盾はなく、議論は破綻しません。そして、この「議論」は矛盾なく進む限り「1方向」です。論理、ロジックはきちんと運用する限りは突っ込みどころのないものとなるはずです。

では、なぜいろいろな方の言説が異なった結論に至るのでしょうか。なぜちゃんと議論を展開しているのにすべての人を納得させられないのでしょうか?

それは前提としているものや、途中で援用した事実、事実認識が異なるからなのだと思うのです。

 

「頭のよい人」は矛盾のない論理を展開することができます。そしてそれは矛盾なく滑らかのためみんなに「正しい」と受け取られがちです。そうして、「頭が良ければ正しい議論が展開できる」なので「ジアタマが良ければ考えればなんでも正しい主張にたどり着ける」という主張がなされがちなのだと思います。

しかし、どんなに正しいと思われる議論が展開されてもそれは間違っている可能性があります。正しい前提や正しい事実・事実認識に立っていない可能性があるからです。そして、この正しい前提や事実認識に立つには、「経験」が必要なのだと思うのです。実際に体験してみないと、その業界で起こっていることや、よくある失敗するポイント、特殊性などは理解できません。こういったことを理解しないで表面上知ることのできる前提だけに立って、論理を展開しても正しい結論を導くことはできないと思うのです。

 

ここで、一時期インターネット上で流行った話を考えてみましょう。沖縄でのハブをやっつけるためにマングースを輸入した話です。詳しくは以下のリンクを読んでください。

マングース、ハブ退治裏目に

簡単に紹介すると、ハブに困っている→ハブの天敵のマングースを放てばハブをやっつけてくれるはず→マングースはハブをやっつけられるけどそんな面倒なことはわざわざはしない→マングースはハブ以外の動物を獲物にするようになってさらに自然破壊が進んだ。

というストーリーです。

一見、ハブに困っているのであればその天敵を放てばハブがやっつけられるという理論には間違いがないように見えます。そして、間違いなくハブの天敵であるマングースを利用したのです。ロジックに穴はありません。

しかし、うまくいきませんでした。なぜでしょうか。

マングースはハブの天敵なのは確かだけど、他にもっと簡単な獲物があればそっちを捕まえようとする、という事実を見落としていたのです。

このように不十分な前提把握や事実把握で物事を判断すると、どんなに理論に矛盾がなくても失敗します。

そして世の中の事象は非常に複雑であり、その専門世界を体験しないと十分な前提把握や事実把握には至れません。

これが僕が、「ジアタマが良ければ考えればなんでも正しい主張にたどり着ける」は間違いだと思う理由です。ジアタマが良ければ、考えれば矛盾のない理論を展開することができます。しかし、正しい前提把握や事実把握ができないため、経験を積まないと正しい結論に至ることはできないと思います。

 

皆さんはどのようにお考えでしょうか?

 

追記

「ハブとマングース」の話で記事を見つけました

thepage.jp