cyciatrist 自転車と精神科医療とあとなんか

ボストン留学帰りの精神科医。自転車好き。

睡眠医学の権威Kryger先生、医学雑誌でトランプ大統領をディスる

Kryger M. What can tweets tell us about a person's sleep? J Clin Sleep Med. 2017;13(10):1219–1221.

JCSM - What Can Tweets Tell Us About a Person's Sleep?

 

Meir Kryger先生はかの有名なYale大学の教授であり、睡眠医学においてはほぼならぶもののない一番の権威である。

https://medicine.yale.edu/intmed/pulmonary/about/meir_kryger-2.profile

睡眠医学では最も重要な教科書(めちゃくちゃ分厚い)であるPrinciples and Practice of Sleep Medicineの第一著者として知られていて、睡眠時無呼吸症候群の治療を世界に先駆けて研究開発した第一人者である。

http://www.sciencedirect.com/science/book/9780323242882

そのKryger先生が今号のJournal of clinical sleep medicine誌にLetterを投稿されていた。タイトルはWhat can tweets tell us about a person's sleep.

JCSM - What Can Tweets Tell Us About a Person's Sleep?

念の為に書いておくが、Journal of clinical sleep medicineは2016年のインパクトファクターが3.429となっていて、Sleep誌に次ぐ睡眠医学においてはまあまあ重要な雑誌である。アメリカ睡眠医学会のオフィシャルジャーナルとなっている。今回の投稿はLetter to the editor として行われていて、原著論文ではない。Letter to the editorはほぼすべての科学雑誌が採用している投稿方式の一種類で、編集者への手紙という形で掲載される文章で、査読を必要としない形式である。Letter to the editorは査読がないため科学者としての実績にはほぼならず、通例はちょっとめずらしい症例報告や、論文にまで至らないわずかな知見、他の論文への批評などが投稿掲載されることが多い。

さて、そのLetterの中身であるが、タイトルとしては「ツイッターでどれくらい人の睡眠状況が分かるか」という記事であることがわかる。内容としては一応Method,Result,Discussionが記載されていて調査の形式を取っていて、タイトルにはトランプ大統領の名前は入っていないが、行われているのはトランプ大統領ツイッターの分析である。要するにトランプ大統領ツイッター投稿時間を調べると夜間にも投稿することが多いので睡眠時間が短いのではないか、いわゆるショートスリーパーなのか不眠なのかどうなのか。というような内容である。

しかし、問題は序文のBackgroundである。書き出しはこうだ

There is a great deal of public interest in whether President Donald J. Trump is sleep deprived, and whether this may be an explanation for his sometimes apparently inconsistent actions. 

 「 this may be an explanation for his sometimes apparently inconsistent actions.」!!!翻訳すると、「トランプ大統領が睡眠不足かどうか、また睡眠不足が大統領が時折示す明らかに一貫しない言動の説明となりうるかは公の興味である」である。大統領が一貫しない言動を取っているなんて言い切っている。こんなことを言って良いのだろうか、、、しかもLetterとはいえ学会が所有している公的な科学雑誌である。かなりびっくりした。

後半はまあまあ穏やかな議論が行われていて攻撃的な表現はないが、ある時期を境に2つあるツイッターアカウントのうち片方の投稿頻度が減少していて、もしかすると投稿しているのは実際はトランプ大統領だけではなくて複数人いて、そのうちの誰かが首になったりして人数が減っているのではないかというようなDiscussionが行われている。まあなんというか皮肉。

The pattern of Tweets and admissions suggest that President Trump sleeps less than is recommended for optimal health and performance. It is unknown whether he is a “healthy short sleeper.”

が結論であり、「ツイッターの状態からはトランプ大統領の健康が心配される可能性がある。いわゆる健康なショートスリーパーなのかはわからない」とのことであった。

Kryger先生はこの雑誌の発行元であるAmerican Academy of sleep medicineのプレジデントだったこともある先生であり、今のeditorもそんな先生からLetterが来たら掲載は断れないのかもしれない。Kryger先生はもうかなりお年だろうし、なにかあってももう気にならないのかな。。。

しかし、トランプ大統領のアメリカでの嫌われ具合はすごいですねぇ。悪魔のように扱われることも多いし、、、

ちなみにこのLetterの内容については、Kryger先生は「機関にサポートされた研究ではなく、経済的利益相反はない」としている。

暴力の行使を認められているのは国家のみであるが、、、

このところ、その行動が動画で撮影されてインターネットで公開されたこともあって、ジャズトランペッターの日野皓正氏がステージにおいて暴走したという少年ドラマーをビンタした行為が議論になっている。

http://www.hochi.co.jp/entertainment/20170902-OHT1T50176.html

僕は明確に教育目的の体罰に反対の立場で、はじめに今回の日野氏の行動の動画をみて率直におぞましいと思った。しかし、その後の情報を知るにつれて、これについては肯定すべきか否定すべきか非常に複雑な考えが頭を支配した。

僕はこれまで教育目的の体罰について深く考えたことはなかったが、自分自身が小学校時代に理不尽な体罰教師を恨んだ記憶をもとに体罰教師に対して反対の立場をとるようになっていた。しかし、教育現場の崩壊の報道などをみるにつけて、ときおり個々の事象について「これは教師が暴力をふるってしまってもやむを得なかった」と思うこともあって、なかなか矛盾した意見となってしまっていて、しかも今回までそれに気づかなかった。インターネット上の意見でも単純な暴力教師のニュースでは概ね反対の意見が多数を占めるが、今回の日野氏の事象のように賛否両論渦巻く事があるように思う。

体罰で人の心が正しい方向に向かうことは少ない。また、多くの場合の体罰教師は良好な精神の持ち主ではない。良好な精神の持ち主の教師や親が良い意図のもと暴力を使用して、しかも暴力を振るわれた側がそれに良い反応を示すということもわずかにはあるかもしれない。しかし、それは極小の事象として私秘的に行われるべきであり、「そういう趣味の人達が自分たちの中でやるもの」であって、決してそれをもとに体罰全体を肯定すべきではない。こっそりとそれが好きな人たちだけでやってくれ。

しかし、よくある教育崩壊のニュースなどにおける、暴走する子に対して、「どうやってコントロールすれば良いのか。説得して、他の子に迷惑をかけている状態で、その暴走を止めてくれない。最終的にその子を暴力以外でどうすればよいのか」という疑問には体罰反対派は十分に答えていないと思う。どうやらあの暴走ドラマー少年はこれまでも繰り返し暴走をする傾向にあった少年のようでそれを自制しながら育てていくことを日野氏が関与していたようであり、日野氏のあの場面では、下記のまとめにあるようにドラマー少年が長時間にわたって暴走したようだ。

日野皓正(ひのてるまさ)氏の往復ビンタ事件を実際に見ていた感想 - Togetterまとめ

ただの大人のジャズセッション時の暴走であればまだよい。その暴走ミュージシャンはその後一緒に演奏してくれる人がいなくなっていくだけだ。しかし、その後100人程度の少年少女が演奏を待っている状態で独善的に人に譲らず演奏を続けた場合は何らかの方法でコントロールしなければならない。そもそもこういった演奏する少年少女に対する教育の意味をもつ演奏会で4500円ものお金をとっているのにも疑問はあるが、それはいまは置いておいて、バンドマスターがその暴走をコントロールしようとするのは当然である。そして、その暴走をコントロールしようとする行動として日野氏の当日の行動を完全に頭から否定することは僕にはできなかった。確かに少年は声を掛けられ、スティックを取り上げられてもドラムを叩こうとしており、日野氏のあの行動がなければさらに止まらず暴走を続けていた可能性が十分にあると思った。そして、それはあのジャズバンドという集団には許容されるものではなさそうである。

僕の意見はこうである。今回、日野氏が後日語ったインタビューで自らが語っているように、あのビンタが暴走少年当人に対する教育を目的としたものであるなら、日野氏の行為は全く肯定できない。しかし、あのジャズバンドという集団を守るために暴走をコントールする目的をもってなされたものであれば心情的には一部是認される可能性があるが、公に是認することはできない。

集団は育っていくと、その集団を乱す存在が内外に現れる。その存在と戦うには最終的には暴力が必要とされることがある。集団の最終形である国家にはその暴力権が賦与されていて、内には警察力を、外には軍事力を用いることができる。これらには使用には様々な制限があるが国家のみに使用が許された暴力である。逆に国家以外に暴力権を賦与された集団はない。つまり、集団が国家に昇華した時点で暴力権を持つことになる。しかし、これは国家以外の集団で暴力権を必要としないという意味ではない。どの集団でもその継続や利益を脅かす存在は現れ得る。なので、その場合は個々の集団はその暴力権を国家に附託しており、かわりに国家にその暴力を行使してもらう。国家以外による暴力はすべて認められない。

、、、という建前がある。が、個々の事象についてすべて警察やら国家やらと相談するわけにも行かない。学級崩壊やバンド崩壊はその場で起こっていて即座の介入をお願いするのは不可能だし、崩壊を起こしている暴走者も明確に法律違反などを犯しているわけでもない。しかし、明確に集団には悪影響を及ぼしていて暴力以外の方法で止められない。そういう状況は多数ある。この場合に集団を守るために振るった暴力は公に問われれば是認されない。しかし、それ以外でどうやって集団を守るのかと問われると答えはない。そのため、心情的にこの際の暴力を是認する人たちが出現する。どうやら僕も時にそういった意見を持つ人間のようである。

ただし、その心情的な是認は国家とは異なりナニモノにも保証されておらず、今後もその是認を肯定しない人達によって日野氏は攻撃されるであろうし、人格を否定するような発言をする輩もでるであろう。そしてそれに対して日野氏は個人として、そしてあのジャズバンドを後ろ盾として戦うしか無い。日野氏はあの暴走ドラマー少年を教育しようとしたとともにあのジャズバンドという集団を守ろうとしており、その守られたジャズバンドという集団がどのように日野氏に対して感じたのかというのは非常に重要であろう。感謝するのか、そこまでしなくてよかったと思うのか、、、

繰り返すが、暴力は公にはどんな形であれ是認されない。心情的に是認される場合があるというのみである。しかし、ここまで書いて気づくことは、「集団を守るために行われる暴力は、集団によって支持される範囲であっては心情的に是認される」という結論は、「個人を教育するために行われる暴力は、その個人によって支持される範囲であっては心情的に是認される」という意見と全く同じ構造を持っているということである。これに僕は戦慄する。僕は個人の教育を目的とした体罰には否定的な意見であり私秘的に行うべきであると言ったが、同じことを集団を守るための暴力に対して言う人がいるであろうということだ。

個人の支持によっては暴力は是認されないが、集団の支持になると徐々に心情的に是認されるようになり、集団がある一点を超えて国家に昇華すると暴力は公に是認されるようになる。というのは自然なようであって個人と集団・国家の根本的な違いなどを考察する必要があるような気がして、なにか根源的な違和感と疑問も生じる。

「生きる」というのはその過程でこういった法や倫理の疑問点があらわとなっては曖昧なまま進行していきおもしろい。

脳震盪後のけいれんのビデオをYouTubeで検索したという論文

onlinelibrary.wiley.com

Epilepsia. 2016 Aug;57(8):1310-6. 
Concussive convulsions: A YouTube video analysis.

脳震盪後のけいれん。YouTubeビデオでの調査。

 

掲載雑誌はEpilepsia。IF 5くらいの雑誌。てんかん専門誌では最高権威の雑誌。

 

面白い論文だったので。

 

脳震盪後のけいれんが記録されているビデオをYouTubeで検索して分析したという論文。

脳震盪は頭部に強い衝撃を受けた際に生じる症状であり、軽度から重度の意識障害を呈する。要するに「脳が揺れてダメージを受けて意識がなくなる」。

殆どの場合は一時的な意識障害のみが症状だが、重症例では頭部に衝撃を受けたあとにけいれんすることがあることが知られていた。しかし、このけいれんは比較的まれな状態で、実験で再現することも困難であり細部については医学的な知識は限定されていた。

ということで今回の論文。

様々な検索語を使用して調べたところ、脳震盪後のけいれんが映っているビデオが25例、YouTubeにアップロードされたビデオから見つかった。

発見された25例中、けいれんの原因になったのは

暴行6例

スケボー5例

MMA(格闘技)4例

ボクシング3例

サッカー2例

BMX2例

ラグビー、ホッケー、バスケ1例ずつ

という結果。

感想としては、スケボーってやっぱり危険なんだね、という、、、MMAやボクシングより多いとは思わなかった。スケボーの場合練習中からビデオを回していたりということもあって記録されているのが多いというのがあるのかもしれないけど、、、

他の結果としては、発見された全25例中、ほとんどの症例では2回以上頭部に衝撃を受けていた。全体で男性は24例、女性1例で圧倒的に男が多い。ヘルメットをしていたのは25例中たった1例だったという。

今回の知見として、脳震盪後のけいれんには2つ相があり、強直したあとけいれんする。

けいれん前の症状初期の強直相ではフェンシング肢位をとる事が多い。(昔のK-1ピーター・アーツか誰かがノックアウトされた時に片手を上げたまま硬直して倒れていったのが思い出される)

その後3-10秒くらいでけいれんが始まるようである。

このリンクのファイルに論文内でみつかったYouTubeビデオのリンクが載っている

epi13432-sup-0001-SupInfo.docx

いくつか見た感想としては、スケボーはやはり危険。ジャンプして高いところから飛び降りるトリック中に板がなにかに引っかかって足がすくわれたような形になり、半回転して頭から落ちている。受け身が取りにくい。BMXを少しかじった身からすると、BMXはヤバイと思ったら自転車を投げて自分は転がるということができるため、そんな簡単には頭から落ちない。だから、上級者になると簡単に一回転するようなトリックができる。しかしスケボーはどうもそうは行かないようだ。

 

てんかん発作や夜間の睡眠行動異常は突発的に起こり、いつ起こるか予測ができないため、医師が直接観察することが難しい症状である。なので、必要時は入院下にビデオモニタリングを行い症状を観察する。これはてんかん発作や睡眠行動異常が繰り返し起こる症状だから可能であり、また一度の症状の発現で致死的になったり障害が残ったりしにくいから可能な方法である。

脳震盪後のけいれんも同様に医師が観察することが難しい症状であるが、これは入院後に狙って起こすことが出来ない一度きりの症状であり、また致死的になったり障害が残る可能性のある症状であるため、てんかんや睡眠行動異常と同様の戦略が取れない。そのため、YouTubeなどの大量で容易にアクセスできる形でビデオが残っている場で検索して見つけるというのは正しい方策であり、それによりこれまでほとんど医療者が見ることができなかった症状を集積し分析するすることが可能になっている。面白い論文。

現在はかつてないほど映像の記録及び公開が容易な時代であり、その恩恵を受けた論文とも言えるが、今後はさらに映像の記録や公開が容易になると考えられる。他のタイプの突発的な症状・現象がもっと捉えられるようになるかもしれない。

 

 

http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1525505017304225

こっちはPinterestてんかんについての投稿をしらべた論文。

Pinterestではてんかんについて投稿された記事のうち、1/5がけいれん重積についてのことだったという内容。

SNSでなにかをサーベイすることも増えていくかもしれない。

妊娠中の喫煙は児の精神疾患に関係「しない」?

Association Between Maternal Smoking During Pregnancy and Severe Mental Illness in Offspring

jamanetwork.com


妊娠中の喫煙と児の重度の精神疾患の関係
アブストラクトを読んで印象的だった。

 

喫煙の害が言われて久しい。僕はかつては喫煙者だったが、現在は一応禁煙に成功して、5年程度喫煙せずにすんでいる。これは二度めの禁煙で、1度目は1年程度で喫煙者に戻ってしまった。1度目は中途半端にチャンピックスを飲んでやったのだが、チャンピックスは明らかに効果があり、飲んでいる間は明確に喫煙欲求が減少した。副作用の吐き気も強かったが、一旦止めることには明らかに良い効果があった。さらになんとなくだが、ニコチンレセプターもチャンピックスがダウンレギュレーションしているような感じがあって、飲むごとに急速に喫煙欲求が減少していっているような感じがあった。ただ、やめて2ヶ月程度は眠気がひどくて、仕事にならなかったことを覚えている。その後は1年程度で喫煙者に戻ってしまったが、2度めの禁煙で現在まで続いている。「禁煙なんか簡単だおれなんかもう10回も禁煙している」的なジョークがネットで散見されるが、禁煙は何度トライしたって良いので、一度の失敗でしょげることなく禁煙する気になったら何度でも禁煙すれば良いと思う。そのうちやめられるのではないだろうか。
二度目の禁煙は米国留学がきっかけで、長い海外へのフライトや、その後のバタバタでタバコを吸う気にもならなかったこと、留学ということでテンションがあがっていて禁断症状に気づかなかったことなどで成功したのだと思う。
しかし、現在は喫煙はもはや重大な罪のようであり、いまの喫煙者叩きにはそれはそれで違和感を覚える。かつて喫煙していた頃、15年ほど前だったか、千代田区で路上喫煙の禁止条例が出来て大激論が巻き起こった。ちょうどその頃は千代田区の駅に降りて文京区の病院に勤務するというスタイルだったから僕にも影響は大きかった。今記憶している範囲でも、いくつもレジスタンスのような形で千代田区で喫煙をして罰金を払わされる人やトラブルのニュースが絶えなかった。それが現在ではむしろマナーを守らない喫煙者はどのように人格攻撃をしても良いような雰囲気で、時代とは変わるものだなーと思う。僕自身もやめたけど、僕の周囲でも喫煙者は激減しているのをはっきりと感じる。
渋谷ですら路上喫煙禁止となったが、15年前のクロスビートだったか音楽雑誌で、「渋谷のセンター街でも喫煙禁止になったら暴動が起こる」などというコラムを読んだ記憶があるが、結局渋谷でも路上喫煙は禁止になって、暴動にもならず静かに受け入れられていった。啓蒙というのは大きな力を持っているんだなーと思うとともに、時代が変わるとこんなに人の考えが変わるのかと怖くなる。いまや受動喫煙についてのみではなく、三次喫煙(タバコを少し前に吸った人の服などについたタバコ関連物質を摂取させられること)まで議論されている。
喫煙は飲酒とともに長い娯楽として歴史があり、それとともに文化もある。これも禁煙言論が大きくなった時にdictionaryだったかR25だったかのフリーペーパーでの議論があって印象深かったのを思い出す。例えば小さな飲み屋で隣の人からビールを勧められて一緒に飲む。例えば隣の人にタバコを一本もらう。それをきっかけに話がはずみ、仲良くなる。これはありうる話であり、液体や気体を共有することでなんらかの気分が醸成されて人と人の交流が産まれることがある。これが食べ物だとなかなかそうはいかない。隣の人に「これうまいから」と小皿を勧められてもちょっと食べにくいし、隣の人の食べ物を美味しそうだからといっていきなりもらうのはケンカのきっかけになりかねない。
しかし、そういった喫煙を擁護する高尚な議論ももはや消えてしまった。いま聞こえるのは「喫煙者は人間扱いされない」という愚痴に似た抵抗ばかりである。こういった言説を発するのもエネルギーがいることであり、喫煙擁護の論陣は結局はニコチン依存症者の依存症行動によるものだけだったのだろうか。ネットでは大麻解禁論もあり、これはこれで別で論じたいが、喫煙にこれだけ拒否反応を示しておいて大麻は解禁論が大きくなっているなどアンバランスさには驚くばかりである。
さて、完全に話がそれた。表題の論文である。喫煙が妊娠に悪影響があるのは当然で、妊娠中の喫煙は厳に慎むべきである。喫煙による一酸化炭素の悪影響があり早産は喫煙者では1.5倍以上の発症率となるという。また、出産後も「乳幼児突然死症候群SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)」の発生率が高く、子供の身長や学力が低くなる傾向が見られるといわれる。では、精神疾患の発症率についてはどうなのだろうか。
この論文では、スウェーデン人で研究を行い、1983年から2001年に産まれた1680219人!! を対象としている。自己申告での母親の喫煙の有無を調べている。
結果としては喫煙した母親から産まれた児は、将来 severe mental illnessを発症するリスクは高かった。(moderate喫煙でHR1.25, high level喫煙でHR1.5)
しかし、他の兄弟との関連性などを除外すると将来 severe mental illnessを発症するリスクと母親の喫煙の影響の関係は低くなり、有意ではなくなったという。(moderate喫煙でHR1.09, high level喫煙でHR1.14)
要するに妊娠時に喫煙する群はタバコと関係なくそもそもsevere mental illnessハイリスク群であり、喫煙していなくても児がsevere mental illnessを発症する可能性はすでに高いということのようだ。
感想としてはそう言われればそうだろうと思うが、喫煙のリスクも当然あるはずでそれが証明できなかったのは意外であった。Conclusionで「この研究は妊娠中の喫煙がsevere mental illnessのリスクとなることを証明することに『fail』した」と書いてありfailというのが研究者のくやしさを表している感じがして面白かった。

今後はさらに喫煙者は減っていくであろうと考えられるが、欧米では大麻解禁のニュースが続いており、大麻は使用者が増えていくのかもしれない。30年後には大麻路上喫煙の許可の議論や禁止の議論が日本でも行われているのだろうか。それにともなって妊娠に対する大麻の害や利益?の研究も行われていくと思われる。

3年間アメリカで生活していた時の英語勉強法

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3年間アメリカに留学して住んでいましたが、渡米当初は英語はからっきしでした。もう、買い物もおぼつかないレベル。それでもその後の3年間でなんとか英語を進歩させることができ、途中からは日本からの奨学金ではなく現地で研究者としてお給料を受けることができました。

僕は初めは日本の教授からの紹介で研究室に配属されたのでTOEICTOEFLは受けていません。なので、点数で自分の英語の実力を示すことが出来ないのですが、3年間で英語でのlabo meetingはちゃんと資料を整理しておけば問題なくこなせる、ニュース等はほぼ完璧に聞き取れる、会話は1対1ならかなり流暢に喋れる、レストラン等では困ることはない。という程度にはなりました。

逆に、ドラマとか映画はまだ良くわからないところがあり、会話は数人でのチャットはきついと感じることは最後までありました。あと方言とか訛りがきつかったですね、意外にアメリカも地方によって訛りがあるんですよね。

BostonでのEnglish Learning - cyciatrist 自転車と精神科医療とあとなんかで書いたように、ボストンではフルタイムワーカーやフルタイムスチューデントのために英語学習リソースが少なく、自習をかなりやらなければなりませんでした。結論としては結局自習こそが一番大事だと思ったのですが、すごく苦労をして、いろいろ考えながら英語を勉強したのでそれについて記録しておきたいと思います。

 

英語学習で強調したいのは

1. 英会話はスポーツと捉える

2. one methodだけでは完成しない

3. 得手不得手があることを理解する

ということです。

 

僕のオススメする勉強法は結局はかなりの努力量を要します。僕は英会話はスポーツと同じで才能と努力が必要なものだと考えています。なので、だれでもすぐに英会話が上達するようなイージーな勉強法を求めている方はこのエントリを読んでも得られるものは少ないかもしれません。

 

日本で受けた英会話教室は意味が無かった

渡米前にマンツーマン形式の英会話教室に1クール通いました。結論から言うとこれはまったく意味がありませんでした。 本当の初心者が「英語に慣れる」という意味で通うことには意味があるかもしれません。また、英語の中上級者が「足りないところを補う」という意味で通うのも意味があるかもしれません。しかし、初中級者がただなんとなく英会話教室に行って、英語話者と1時間話して帰るだけでは英語や英会話はほとんど進歩しません。しかし、後に述べるようにネイティヴスピーカーと話す教室は英語を全体的に改善するのに必須の要素です。「通っている」ということに満足してしまわず、使い方を考えましょう。

 

受験英語学力は明らかに重要

受験英語は英会話には役に立たない。日本人は文法や難しい単語は知っているが会話はできない。他の国の人たちは文法なんか習わなくても英語をしゃべれるようになっている。だから、受験英語をやらなくたってしゃべれるようになる。」これらはずっと指摘されていることです。しかし、僕はこれは大きな間違いだと思っています。日本以外の国の方たちが日本人ほど文法を勉強せずに英語を話せるようになっているのは事実だと思います。しかし、日本人はやはり文法を含めた受験英語的勉強をきちんとやらないと英語を話せるようにはならないと思います。

その理由は英語と日本語の言語的距離の遠さです。こちらで紹介されている英語話者に対する言語習得難易度はよく取り上げられます。これによると英語話者が日本語を学ぶのもとても大変なことで、おそらくその逆も真なのだと思います。ヨーロッパ言語などと英語は基礎となる文法の法則などで日本語と英語より共有するものが多いため、英語話者はヨーロッパ言語の方が学びやすく、その逆も真でしょう。ヨーロッパ言語等の話者は英語話者を話すときには母語で培われた脳の能力をある程度自然に利用できるのに対して、日本人はほとんど日本語で発達した脳の能力を利用できないのではないでしょうか。ですから、日本人は文法等から学んで、英語を「頭で」理解する勉強法も必要になると思います。

英語の勉強じゃなくて「コミュニケーション」の勉強も必要

とはいえ、やはり「英会話」は受験英語とは異なるものです。「英会話」は受験英語よりも瞬発力が必要で、臨機応変さが必要で、生きた相手がいる、という違いがあります。しかし、これはなぜそのように受験英語と異なるのでしょうか?それは英会話がコミュニケーションのためにあるからだと思います。

そもそも、皆さんが英会話を学びたいと思ったのはなぜなのでしょうか?英語話者と話したい、コミュニケーションをとりたい(とらなければならない)と思ったからではないでしょうか。これを達成するのであれば、極端ですが、英語話者に十分理解してもらえるくらいジェスチャーがうまくなれば英会話を上達させる必要すらないかもしれません。逆に、どんなに文法を詰め込んで、たくさんの英単語を暗記してもコミュニケーションのツールとして使用できなければなんの意味もありません。受験英語で培った文法力や語彙力を基礎としてコミュニケーションツールとしての英会話を学んでいきましょう。

 

テンポのためなら単純化、陳腐化も必要と理解する

英会話はコミュニケーションツールということを強く意識すべきという話をしました。コミュニケーションには会話の内容のみではなく、テンポや量のコントロールも必要になってきます。日本語であれば皆さんは「『今の総理大臣をどう思いますか』という質問にできるだけ多くの返事を考えてください」という問いに、すばやくたくさんに返事が思いつくでしょう。しかし、英語ではどうでしょうか?たくさん思いつく人でも日本語と同じくらいすばやく思いつくということはないはずです。では、実際に『今の総理大臣をどう思いますか』ということを会話の中で聞かれたとします。皆さんはどう答えるでしょうか?

日本語では好き嫌いから政治判断への賛成反対までさまざまな内容の話題を即座に返答できると思います。しかし、これが英語で聞かれたとなると、英会話中級者まででは返事の内容をいろいろ考えてしまってちょっと詰まってから返事をすることになってしまいテンポを崩すことになってしまいます。それであれば、一言目の返事の内容は「I like him」などの非常に単純化してしまったものとし、表情やその後の話のつなげ方で情報を増やすようにしたほうが良いかもしれません。そうすればテンポを崩すことなく、会話自体の内容としては乏しいものとなってもコミュニケーションとしては豊かなものが行える可能性があります。

 

英会話はスポーツと捉える

さあ、このコミュニケーションツールとしての英会話とはどのようなものなのでしょうか。ここでは英会話はスポーツだと捉えてください。英会話は会話相手という対戦相手がいるスポーツなのです!英会話を勉強と捉えてしまうと、どうしても受験勉強的なものとして捉えてしまったり、逆にライフハック的な方法に頼ったりしてしまうことになりがちです。ここで相手のあるスポーツとして捉えるとうまくいくのだと思います。

例えば、スポーツの例としてサッカーで考えてみましょう。サッカーをするのに戦術本や技術本を何冊も読んで暗記することから始める人はいないでしょう。また、サッカーがうまくなるには、単に自分の技術を向上させることだけではなくてフェイントや戦術で相手を欺くことも考えるでしょう。さらには技術を磨くに当たっては試合で使えない技術を磨いてもしょうがないので、試合に必要な技術が何かと考えるでしょうし、練習等の目的は最終的には試合に勝つことだということも考えるべきでしょう。

英会話も同じです。英語がうまくなるには、本に頼って勉強するだけではなく、スピー○ラーニ○グのようなone methodに頼るだけではなく、発音だけを上達させるだけではないのです。英会話は、会話において相手をどうコントロールするかということも含めた複雑なものであり、英会話には英語話者とコミュニケーションを成立させるという目的があることを理解して勉強すべきだと思います。また、英会話を相手のあるスポーツと捉えると英語話者との会話はスポーツにおける「試合」のようなものだと思います。「試合」ではどんなにきれいなフォームでボールを蹴っても、どんなに決まった型を出しても、「勝たないと意味がありません」。英会話で勝つ、とはコミュニケーションが成立するということです。どんな形でも良いから「試合に勝つ」=「コミュニケーションを成立させる」ということを目標にすべきです。

 

one methodでは完成しない

サッカーがうまくなるには一生リフティングだけやっていればいいとか試合だけやっていればいいと主張する指導者はいないはずです。サッカーをうまくなるには初級者用の技術本を買ってよんだりスクールに入ったりして、初歩的な練習から始めて幾つかの練習法を組み合わせて試してみると思います。英会話も同じだと考えてください。

英会話は相手のいる複合的なスポーツであり、「リフティングだけやればよい」というようなone method的練習は、必要ではありますがそれのみでは最終的には絶対に向上しません。受験英語という座学を基礎にして複合的な練習を繰り返して向上していくものだと考えてください。

 

自分で勉強しないとダメ

良く、「留学をすれば英語が喋れるようになる」と安易に考えている方がいます。これは絶対に嘘です。上のスポーツの例で言えば、まわりにいくらサッカーの上手い人がいても自分のサッカー技術があがるわけではありません。そのうまい人達と切磋琢磨し、自分で工夫・努力して技術は上がっていきます。英語力もおんなじです。留学は周囲に英語話者しかいない状態になるので、英語を勉強するもってこいの環境です。しかし、それはその場にいれば英語がうまくなるという意味ではありません。留学は英語を学ぶ最高の機会を与えてくれ、英語ができないと不便な生活となるので自然と努力をするようになりますが、勝手に英語を上達させてはくれません。留学をして、その上で自分の英語力を高める努力をしてください。

 

普段の会話は「練習試合」

みなさんが「英語を勉強したい」と思う理由はなんでしょうか?外人の彼女がほしい?プログラマーとして大成したい?海外で仕事がしたい?いろいろな理由があると思います。それぞれの理由において「英語で女性を口説く」「英語でディスカッションする」「英語で就職の面接をする」などというとても大切な状況が想定できます。この場面での英語でのコミュニケーションの成立・成功があなたの英語の勉強をする当面の目標です。この状況を「大きな大会の決勝戦」と捉えましょう。それまでの英語での会話は「決勝戦までの練習試合」です。多くのスポーツチームは目標とする大きな大会の前に、小さな大会に参加したり、練習試合を組んだりします。これはなぜでしょうか?これは大きな試合に望む前に、弱点や問題点を洗い出したり、自分たちの力を客観視したりするためです。英会話でも同じように捉えましょう。日々の親しい友人等との英語での会話は大事な練習試合です。うまく行ったこと、行かなかったことを洗い出して、反省するようにしましょう。

 

弱点を把握して「メソッド」を組み合わせる

さて、弱点が洗い出されたら、それを克服する練習が必要です。自分で必要だと思った分野について以下のような英語勉強メソッドを使って勉強しましょう。メソッドは特別なものである必要はありません。

リスニング:ニュースや映画などを聞く。実は僕はあまりやりませんでした。聞くだけでは英語力の強化に結びつかないと思ったからです。でも、多くの英語勉強メソッドでは取り入れられています。リスニング力に直結すると思われますが、力にするにはかなり集中して聞く必要があると思います。僕はむしろ英語に慣れるという効果と、英語で話す話題を知るという効果があると思います。

ディクテーション:リスニング力に直結します。繰り返し勧められている方法ですが、間違いなく力になります。

シャドウイング:リスニング力、スピーキング力に直結します。これも繰り返し勧められている方法ですが、間違いなく力になります。

瞬間英作文:スピーキング力、文法力が身につきます。高い効果があるメソッドだと思います。

リーディング:英語の本をよむことは文法力、語彙力、言い回しを増やすことなどにつながります。また、アメリカ英語では独特の言い回し、イディオムを多用する人がいます。そういった言い回しやイディオムへの対策になります。また、英会話はコミュニケーションなので教養は重要です。僕は会話の中で「ドロシーみたいだね」と突然言われて面食らったことがあります。友人の中にドロシーという方はいなかったのですが、よくよく考えるとオズの魔法使いのドロシーのことを言っているのだと気づきました。教養は重要です。

音読:学校英語で多用されるメソッドですが、きちんと目的を持ってやると効果はかなりあると思います。スピーキング力や文法力、英語のリズムに慣れるという効果があると思います。

暗記:短めの文を暗記して空で言えるようにします。これを地道にやると会話力は確実に上がっていきます。武道の「型」のようなものです。

発音:表情筋の動きから、口の形、舌の動かし方などを勉強し、練習します。唯一、ネイティブの先生の助けが絶対に必要な分野です。最終的にはしゃべれない音は聞き取れません。日本人が苦手な分野ですが、避けては通れません。

非ネイティブとの会話:留学先での学校で生徒同士での会話はよく用いられる方法だと思います。同レベルの英語勉強者同士で話すのは安心感もあり話しやすいと思いますが、僕はおもったより効果が薄いように感じました。お互いになまりが強く、聞き取るのに苦労してあまり進みませんでした。自分より英語力のあるスペイン語圏の人と話すのは効果があると思います、スペイン語圏の人は非常に文法がシンプルで発音も聞き取りやすく、こっちのことを考えてゆっくりしゃべってくれます。

ネイティブとの会話:これは「練習試合」です。これ自体で英会話力が一気にあがるということはありません。ここで苦労して、自分の弱点がどこか洗い出していきましょう。特にたくさんの人数のネイティブとのチャットはあっちからこっちから会話が起こって初めは全くついていけないと思います。恥をかくこともあるかもしれませんが、自分の力量を知ることにつながります。

英会話講師とのマンツーマン授業:意外に効果が薄い方法だと僕は感じました。言われるがままテキストをやっていても効果は薄いと思います。英会話講師とのマンツーマン授業は普段から勉強していて疑問に思ったり、引っかかったことの解決に使うべきだと思います。あるいは、今後の勉強のしかたの指導などを受けるのも良いかもしれません。また、特に発音練習はネイティブ講師の指導がかかせません。

英会話講師とのフリートーク:ネイティブとの会話が「練習試合」とするとこれは毎日の練習での「ミニゲーム」でしょうか。英語で話す話題、リズム、「型」の効果などを確かめながら磨くことが出来ます。たくさん質問をするようにしましょう。疑問文は日本語と大きく語順が違うため日本人が苦手な文です。講師であればキチンと答えてくれるはずですから、ここで練習しておきましょう。

 

これらのメソッドを、自分が足りないと思う分野のものを組み合わせて、毎日勉強しましょう!

以下に、受験英語で一定の英語力がある人が、そこから英会話力を高めるために僕が良いと思う勉強スケジュールを書いておきます。これを半年から一年やれば相当会話力が上がると思います。

平日:NHKラジオのラジオ英会話を利用。全文をディクテーション。すべての単語をディクテーションで拾えたら、全文をシャドウイングシャドウイングで全部ついていけるようになったら全文暗記する。暗記したらところどころの単語を変えてみて(He→youなど)、別のストーリーにしてみる。さらに元の文の発音で自信がないところは発音記号を調べて口の動きを確かめる。これだけやると1時間半くらいはかかると思います。

オンライン英会話で30分-1時間フリートーク

週末:マンツーマン型の英会話学校でネイティブ教師と授業。平日に調べて自信のなかった発音を正しいかどうか確かめてもらってなおしてもらう。また、その発音の練習法を聞いて平日の練習に活かしていく。英語の本を読んだり、映画をみたりもしてみる。

これくらい勉強すると英会話力はかなり上がると思います。また、これをベースに自分の足りないところを強化したスケジュールをいろいろ考えてみてください。

 

最後に、これまではてブで眺めていて、ちゃんと効果がありそうだなーと思ったエントリを上げておきます。皆さん、がんばってください! 

www.outward-matrix.com

lifeiscolourful.hatenablog.com

てんかん患者さんの車の運転について

anond.hatelabo.jp

こちらの記事を読んで、てんかん診療に関わる医師として少し悲しく感じるとともに、てんかん患者さんと車の運転の関係の難しさを再度認識しました。
この記事に対するコメントなどを見ても依然としててんかんと自動車運転については一般の方には状況が浸透していないと感じたこともあり、考えたことがあったので少しまとめてみようと思います。
 
私は医師として、すべてのてんかん患者さんの運転を制限すべきという意見には反対です。「てんかん」と一言にいってもその中には多様な疾患や状態が含まれており、一律にすべての患者さんが運転に対するリスクが高いとは言えないからです。そのため、一定の条件を満たしてリスクが高くないとかんがえられるてんかん患者さんの運転免許取得は可能にすべきと考えます。また、現行の運転免許に関わる法令にはきちんとてんかん患者さんと運転の問題についての条項があり、その内容は適切であると考えています。
 
上記のてんかんというのは多様なものですべてを一律に扱うことは出来ないという私の考えと似たような考えが中心的となったことや、ほとんどのてんかん患者さんでの運転リスクが以前考えられていたより低いことが認識されたこと、また、てんかん患者さんのnormalizationや差別克服という視点により、てんかん患者であることは以前は道路交通法では絶対的欠格事由となっていたのが現在は相対的欠格事由となっています。さらに、以前は「てんかん」と明記されていたのが、現在は“発作により意識障害又は運動障害をもたらす病気であって政令で定めるもの”と「てんかん」という明記がなくなりました。これはてんかんと同様に発作性に症状をきたす病気が他にもあるからです。(不整脈や糖尿病など)
 
現在の道路交通法では上記のように相対的欠格事由となりました。相対的ということは「てんかん」であるというだけの理由では運転免許取得の欠格理由にならないということです。○○であるというだけの理由で欠格になる場合「絶対的欠格事由」と呼ばれます。現在では認知症は絶対的欠格事由となっており、その診断がされた場合は運転免許の取得・更新はできません。
ということで「てんかん」である患者さんがどのような条件を満たせば運転免許が許可されるのかという条件が「運用基準」で定められています。
 
てんかんに関する運用基準の要旨は以下です。

以下のいずれかの場合には拒否等は行わない

ア 発作が過去 5年以内に起こったことがなく、医師が「今後、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合
イ 発作が過去 2年以内に起こったことがなく、医師が「今後、X年程度であれば、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合
ウ 医師が、1年間の経過観察の後「発作が意識障害及び運動障害を伴わない単純部分発作に限られ、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合
エ 医師が、2年間の経過観察の後「発作が睡眠中に限って起こり、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合

つまりてんかんであっても最低2年は発作がない状態がないと運転免許は習得は不可能ということです。 2年や5年という期間が妥当かという議論はあります(他の先進国では6ヶ月から1年が一般的)が、一定期間発作のない患者さんはその後も発作を起こす可能性が低くなっていると考えられるので、方向性としては妥当なものと思います。

しかし、この法令制定以降にてんかん発作を原因とされる悲惨な事故が複数起こりました。

京都祇園軽ワゴン車暴走事故 - Wikipedia

鹿沼市クレーン車暴走事故 - Wikipedia

これらはどれも上記の法令を順守していない状態で起きた事故だと言われています。つまり、2年間という期間発作が止まっておらず、発作が普段からある人が運転をしていて起こした事故とされています。鹿沼市の事件では運転手は自動車運転過失致死罪で有罪になりました。発作が起こることがある程度以上予想されたのに運転した、注意義務違反が問われたと考えられます。しかし、これらは起こした事故に対して罰則が軽かったこともあり、これに対して国民から大きな批判が起こりました。その中には法令を順守していないてんかん患者が起こした事件ということを理解せずてんかん患者さんの運転全体に対して批判をするものも多くあり、それは誤解に基づくものと考えますが、重大な事故に対してなんらかの法の整備が必要なのは当然です。そのため、道路交通法がさらに変更になりました。

2014年の施行ですが、免許を取得・更新する人全員が病状を尋ねる質問票に回答するよう義務づけられ、虚偽申告の罰則は「1年以下の懲役または30万円以下の罰金」をかせられるようになりました。つまり、発作があるのに嘘をついて「ない」と申告して運転免許を取得・更新すると罰せられるということです。さらには発作を起こす可能性が高い状態で運転をしたり、上記「法令」に準じない状態で運転をして、死亡・傷害事故を起こした場合危険運転致死傷罪が適応されるようになりました。これは順当な内容であり、これまで上記「法令」を順守下で起きた重大事故がなく、違反者のみが重大事故を起こしているので、「法令」違反者への罰を強めるということです。

 

これまでの道路交通法およびその改正と「法令」の施行で、私はてんかん患者さんの運転免許取得、更新に関しての問題はほぼ対応済みだと考えます。必要にして十分な制限がてんかん患者さんに課せられており、その制限をキチンと順守している患者さんは事故を起こしていません。

Wikipediaでもよくまとまっています。てんかん - Wikipedia 

私が考える問題点

私は上記のように、これまでの道路交通法およびその改正と「法令」の施行で、私はてんかん患者さんの運転免許取得、更新に関しての問題はほぼ対応済みだと考えます。しかし、私もいくつか問題点を感じますし、種々の批判もあるのではと思います。

いくつか考えてみたいと思います。

 

「本当に法令を順守していても起きた事故はないのか」

これは「そう聞いている」としか返答できません。今のところ私が見聞きした範囲内で法令遵守下での重大事故はないようです。あれば、てんかん学会等で大きく通知されると思われます。

 

「リスクは高くないとは言え、てんかん患者の事故リスクがわずかでも健常人より高ければそれは規制すべきではないか」

これは

医療QQ - てんかん患者運転に理解を 事故率「若年男性の3分の1以下」(EU報告) - 医療記事 - 熊本日日新聞社

【池袋暴走事故】てんかん患者の交通事故リスクは本当に高いのか? 最新研究は驚きの結果を示す - エキサイトニュース

などを見ていただければ理解いただけないでしょうか。

年齢やこれまでの違反歴など、てんかん以上に事故リスクを上げる要因はいくつもあり、それらのほとんどが欠格事由とはなっていません。これを考えるとてんかんのみを欠格事由とするのは不適当です

 

「2年間発作がないってどうやって確認するの?」

これはいつも僕が悩んでいるところです。発作が人の前でしか起こらないわけではないですから、隠すことは可能です。現在は一般の外来診療で行える発作の有無の把握は患者さんの自己申告によるものにならざるをえません。つまり、患者さんの言うことがどれだけ信頼できるか、ということです。

きちんと予約通りに外来に来ていて、信頼できる報告を毎回してくれる患者さんの申告は信用して「2年間発作がない」という診断書は書けるでしょう。しかし、「薬が余ってるから」などと言って予約の数週後にぶらりと外来に現れる患者さんの言うことを信頼して書けるか、、、というと難しいですよね。

究極的には自己申告をきちんとするという患者さんのモラルに頼ることになります。また、免許取得・更新時の虚偽申告には罰則が設けられるようになっています。

 

「医師も患者も把握していない発作が実はあったという場合は?」

これが上記の記事から突きつけられた問題です。

患者さん自身が発作と認識していない発作があった場合は悪意なく申告しないことになるので、無自覚に法令に違反していることになります。注意義務ははたしており悪意はないので罰せられることはないと思われますが、法令下であれば低減されているはずのリスクは回避されず運転してしまう可能性が出てきます。

これを避けるのは医者の医療技術の向上や診察の丁寧さに頼るしかないですね。きちんとありうる発作型について1つ1つ有無を確認したりすることが必要でしょうが、私がすべての患者さんに対してそれを毎回きちんと行えているかというと、、、疑問です。ただし、現況においてこれをすり抜けて起きた事故は報告されていません。許容可能なリスクと言えるかもしれません。

 

「法律は運転免許証取得、更新時についてのものなの?」

基本的にはそうです。報告義務は取得、更新時に課せられています。しかし、「発作を起こしても免許更新までは運転できる」わけではありません。更新時でなくても発作を起こした場合は「法令」に準じて少なくとも2年間運転を控えるべきであり、控えずに運転し事故を起こした場合は危険運転致死傷罪が適応される可能性があります。

 

僕の考えは以上です。

現行の道路交通法、法令は十分な妥当性を持ったもので、それに応じて運転の可否を個々のてんかん患者さんで判断してください。

それを理解した上で「運転しない」というのは上記の記事を書かれた方の自由です。しかし、「運転しない」と判断するのは個々のてんかん患者さんであってそれを全てんかん患者に押し付けるべきではありません。

 

記事を書かれた方の良い発作予後をお祈りしています。

メンタルクリニックと睡眠医療

昨今の医療事情では医療機関の経営も決して安泰ではなく、メンタルクリニックの開業においては、都内ではクリニックが飽和状態となりつつあり、普通のメンタルクリニックのみではなく個性が必要となってきているように思います。また、クリニックのホームページサイトも様々な工夫が見られますし、google検索結果などでも大きく宣伝を行なっているのを目にします。ある複数のメンタルクリニックを経営する医療法人は年間2億円の宣伝費を計上していたという話も聞いたことがあります。また、メンタルクリニックの名称についても「心療内科」や「精神科」「こころのクリニック」「メンタルクリニック」など色々な名称が採用されるようになっており、むしろ「医院」などシンプルで精神科医療を想像させないような名称をつけるクリニックも増えてきているように思います。

クリニックの開業地も工夫が必要で、いわゆる駅前で便の良い場所はすでに飽和しているため、戦略を練ることが必要です。インターネットでは「コバンザメ商法」として、ある程度流行っているクリニックで、院長先生が引退間際のクリニックの間近に開業しておこぼれをもらいながら引退を待つという戦略すら紹介されているのを目にしました。看板も昔からの病院名を掲げた看板のみではなく、かっこいいロゴを作って認知を計る病院も増えています。医療の質のみでは勝負は難しいようです。

メンタルクリニックで診療する疾患としてはうつ病躁うつ病、不安障害、心身症統合失調症認知症てんかん様々な疾患がありますし、訪問診療(アウトリーチ)、リワークといった領域や、発達障害ADHD診療といった新しい分野もあります。が、不眠症、過眠症といった睡眠障害も依然としてメンタルクリニックの対応疾患として重要です。これらの睡眠障害にはポリソムノグラフィー(PSG)と呼ばれる特徴的な検査が行われます。PSGとは、脳波をはじめとして呼吸、四肢の運動、あごの運動、眼球運動、心電図、酸素飽和度、胸壁の運動、腹壁の運動、体位、体動、血圧などの多数の生体センサーを取り付けて一晩寝てもらう検査で、検査する方も受ける方もかなり大変な検査です。また、検査結果の解析もなかなかに大変です。しかし、この検査は保険点数が高い(収入が高くなる)検査であるため、この検査に挑戦するクリニックが増えてきています。検査は「一晩泊まる」つまり入院する必要があるため、入院施設を持ったクリニックを作る必要があり、作るところからかなり大変な検査です。また、入院病床の数は地域ごとに決められているので、その地域に空きがなければクリニック自体を作ることができません。資格としては睡眠医療認定医という資格があり、この資格を持っている医師は睡眠医療の専門家と言えます。また、PSGを患者さんに取り付けたり、データを解析したりするのは技師さんの役目になりますが、技師さんにも睡眠医療認定技師という資格があります。なかなかこの資格を取るのも簡単ではありませんし、資格を持つ技師さんを雇うのも大変です。

また、ライバルとしては睡眠時無呼吸を診療する呼吸器内科医がライバルとなるので、それもなかなか手強い相手となってきます。

今後は軽装備の診療所はなかなか収益が上がらなくなってきて、専門性を打ち出したクリニックが良い収益性を得て行くことになると思いますが、それには初期投資及び技術投資が必要であり、継続的に努力をして行くことが必要です。また、PSGの保険点数は現在では高額ですが、今後の保険点数改定で徐々に下がって来る可能性もあります。そうすると高額な初期投資をしても回収できなくなって来るかもしれません。

上記のような、「専門性、初期投資、継続的な努力」などことは医療ではない業界では当然のことかもしれませんが、今後は医療においてもきちんとした経営を行って行くには必要なことになるのかもしれませんね。

 

沖縄県で唯一と言っていい高いレベルの睡眠医療施設。

この施設ではメンタルクリニックではなく、精神科病院に併設する形で睡眠外来がもうけられていて、PSGを入院で行う形になっている。 

www.hojinkai-group.com

今後はクリニックよりもこういう形が増えるかもしれない。やはり病院のような資本の大きいほうが強いかもしれない。